八.生者に反魂香使いたること
一行は今、学校へ蜻蛉返りしている。
「急にブッチして帰ったかと思えばまた来るんですから」
桃子の言葉なんか気にも留めない紡だが、流石に授業中になった教室へ乗り込む程頓着しない
「私達、お迎えでもなけりゃ完全に不審者ですよね」
「あは。黒尽くめの不審者に警察のフリした不審者、そしてオマケに民族コスプレ不審者ですからね」
「私はフリじゃありません」
ある程度ファミレスで時間は潰してきたが、それでも残った時間を寒空の下、他愛も無い話で時間を潰している内にチャイムが鳴った。早く帰りたい子、友達と遊びに行く約束をしてる子、好きだったり嫌いだったりする習い事がある子、皆が校門からわっと飛び出す。
「いやぁ、元気で無邪気ですねぇ。私にもあんな頃があった……」
「今もあんな感じでしょ」
「なんと!?」
「そんなことより、来ましたよ」
「そんなことより!?」
桃子がいつも通り雑に扱われている間に、例の二人が靴箱フロアから並んで出て来た。お揃いの風車を息でくるくる回しながら、実に楽しそうである。
「仲良いですねぇ本当」
「よし、桃子ちゃん。あの子ら誘拐して来い」
「はぁ!?」
桃子が牧歌的な光景を楽しんでいるのに、紡はそれを引き裂くようなワードチョイス。
「なんで私が!?」
「この格好で拉致ったら普通に通報されるじゃん。警察の君が行くのが一番穏当だよ」
「言い方!」
「ほら早く行けよ。私達は準備があるから一旦帰る。店で落ち合おう」
「あは。お茶淹れて待ってますね」
桃子の了承も取らず二人は行ってしまったので、彼女は渋々二人に声を掛けた。
「あの、姫子ちゃん、武くん」
「桃子ちゃん。また来たの?」
「あ、昼間のお巡りさん。こんにちは」
「こんにちは」
なんか変にごちゃごちゃ口上付けると本当の誘拐っぽいな、桃子は勝手に細かいことを気にして単刀直入に切り込むことにした。
「二人とも、ちょっと来てくれませんか? 昼間の用事の続きがありまして」
正直気を付けた割に十分誘拐っぽい誘い文句なのだが、相手が警察官で知っている人だけあって姫子はあっさり応じた。
「いいよー。武くんも行く?」
「姫子ちゃんが行くなら」
「じゃ、行こ」
私なんかこの歳で彼氏いない歴=年齢なのに、小学生でイチャイチャしやがって! 風車片手にお手手を繋いでついて来る二人を見て、桃子は深い敗北感に苛まれた。
「紡さん! 永久就職させて下さい!」
「えっ、何、怖……」
着くなり桃子が発した言葉に、紡は教科書に載せれるくらい模範的なドン引きを示した。
「じゃあつばきちゃんが来て下さい!」
「紡さんより高待遇が提示出来るなら」
「はいはい。そんなことはどうでもいいし桃子ちゃんが急に馬鹿なこと言い出した理由も大体分かる。それより本題に入るよ」
紡は子供二人を連れて行く。ずんずん進む内に、一向は渡り廊下まで到達した。その先にあるのは、
「私もついぞ行ったことが無い領域ですよ……」
紡の家の洋風部分を今まで通り『紡邸』と呼称した場合の、和風建築『紡屋敷』。渡り廊下に踏み出す前に、紡がこちらを振り返る。
「いい? 今から案内する部屋以外、絶対入らないこと。襖をちょっと開けるのも、他所の方に向かうのだって禁止」
「え、なんですか、怖」
「実際怖い目に遭っても知らないからね」
紡の声が嫌に低いので、小学生二人は固まってしまっている。それを知ってか知らずか、
「どうしたの坊や達。ほら、さっさと行こうね」
子供達の背中をぐいぐい押す。さすがのつばきも
「あんたねぇ……」
と呆れ顔であった。
紡屋敷も大きいが、そんなに奥へ奥へ行くことも無くすぐに手近な部屋に通された。
特に普段使いの居間ではなさそうだが、広い畳の間に座布団が何枚も用意されていたり二、三人は掛けられそうなアンティークソファーがあったりと、座談会なんかをするにはいいかも知れない感じ。ただ中央に、背の低いこれまたアンティークなサイドテーブルが置いてあり、その上に昨日見た香炉が載っている。
紡は子供二人をソファーに座らせると、床に座布団を敷き詰め始めた。
「何してるんですか?」
「君もついて来るなら手伝いなよ」
「ついて来るも何も、もう来てますが」
「その先だよ。こうしとかないと頭打つかもよ」
紡は座布団を敷き詰めて絨毯のようになった一区画を用意すると、香炉で何やら焚き始めた。芳しい香りが部屋中に広がる。
「いい匂いですねぇ。これなんです? 昨日のとは違うみたいですが。売ってたら私も買いたい」
「これは『
紡はニヤリと笑った。
「反魂香?」
「死んだ人間が帰って来るとされる、指折りの呪具だよ」
「あは。その辺で売ってたらエラいことになりますね」
「と言うかそれはバッドトリップを引き起こす薬物なのでは!?」
桃子は部屋の隅まで逃げる。
「離れてると効果掛からないかもよ」
「掛かりたくないんですが……。と言うか、そんなお香なんの為に使うんですか? 死んだ人間なんてそんなことしなくても見えるじゃないですか、紡さん達は」
「そうだね」
紡は座布団の上に寝転がって具合を確かめると、心地良さそうに仰向けになる。つばきも隣に腰を下ろして小さく丸まる。
「死人の魂を呼び戻すとされる反魂香だけど、それって一つ問題がある」
「倫理的に一から十まで大問題だと思うんですが」
「それは呼び出したい魂が既に生まれ変わっている場合」
「あれ……? なんだか眠く……?」
不意に桃子、意識が溶け始める。よく見るとつばき、そして奥のソファでやけに静かにしていると思った姫子と武が既に眠りに落ちている。
「映画みたいに見てるのもなんだし、眠くなる香も焚いたからね」
「見るって……何を……」
「もし死者の魂を呼び出す香を生きてる人間に使ったらさ、何が呼び出されるんだろうね?」
「さぁ……」
「その人の中の、死者の部分が呼び起こされるんじゃないだろうか」
「何……そ、れ……」
「つまり」
おそらく紡はこちらを向いてニヤリとしたのだろうが、桃子にはもうボヤけて見えなかった。
「魂の中にある、前世の記憶とか」
意識を失う直前桃子の頭にあったのは、
「それってこの場じゃ、つばきちゃんが高画質で見えるようになるだけでは?」
だった。
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