七.肚の内に潜むのは

 正直桃子は柳町が気に食わないので、話を終わらせに掛かる。椅子も紡の分しかないし。


「で、紡さん。何か取り憑いてるのは見えますか?」

「いやぁ〜?」


紡は首を左右に振る。つばきをミックスナッツで餌付けしている柳町が、少し身を乗り出す。


「えぇ!? それ本当ですか!?」


紡は肩を竦めておどけたような声を出す。


「本当ですよ? 一応念入りにチェックしてもいいですが、大抵結果は変わりません」

「念入りにチェック? それは是非お願いしたいなぁ。それこそベッドの上で隅々まで……あだっ!」


菊代も今度はグーで殴った。


「これ以上の失礼は本当にアウトですよ」

「反省してます……」

「反省だけね。いつも」


紡は柳町ではなく菊代の方を見て話す。


「これはおそらく精神科の領分だと思いますよ? 薬物中毒でもなければ」

「やはりそうですか……」


菊代は少し残念そうに、俯き気味で眼鏡の位置を整える。そんな度々ずれているわけではないのだろうが、こうすることで何か落ち着くのだろう。


「ちょっと待ってくれよ。それじゃ困るんだ」


柳町が縋るように紡の手を握ろうとして、それを桃子が横から素早くビンタする。


「シャーッ!!」

「あは。ネコ科の威嚇ですか?」


髪の毛を逆立てんばかりの桃子を見て流石に引っ込んだ柳町は、少し歯切れの悪い呟き方をする。


「その、聞いたと思うけど、僕は最近大きい役を貰ったところで、つまり……暴れてしまうことは解決しなければいけないんだが、それが長期療養になったら困るんですよ……」

「役を降板するのは嫌だと」

「そうです……」


チラッと柳町が上目遣いに見てくるが、対する紡はニュートラル。


「『祓って‘‘はい終わり’’、元気百倍明日から現場入りまーす』が望ましいのは分かりますがねぇ。しかし幽霊が憑いていないんじゃあねぇ。そんなこと言われても、こっちだって困りますねぇ」


ニュートラルどころか多少煽っているか。いいぞ紡さんもっとやれ、性格悪い柳町に性格悪い対応している紡を見て喜ぶ桃子も性格悪い。そしてつばきはミックスナッツのマカダミアばかり食べ過ぎ。

それはさておき、諦めが付かないのか柳町は食い下がる。


「で、でも、精神病なら昼でも夜でも関係無く荒れてないと! 僕昼間は元気ですよ? 夜オンリー! いつもは夜の方が元気なんだけど。ナニがとは言わ痛ぇ!」

「陽さん、申し訳ありませんでした。もう帰っていただいても大丈夫ですよ」


菊代が眼鏡クイッではないマジモンのブレーンクローで柳町に制裁を加える。


「待って待って待って! ジョークはさておき、これって精神病じゃない証拠なんじゃ!?」

「夜になるとメンタルが不安定になるだけでは? 暗くなるし。あ、それと日光は鬱病と密接に関わっているといいますし。交感神経副交感神経が関わってるかも。神経科の仕事ですね」

「そんなぁ……」


紡はつれない。柳町は必死に次の一手を探す。頭をガリガリ掻き毟るとと、


「あ、そうだ! 僕ね、ここに入院してからパタリと暴れるのが止まったんだ!」

「それはもう治ったってことでは?」


桃子が腕を組むと、柳町は人差し指を振った。


「いやいや、おそらくね、僕の家に何か原因があるんだよ! そうに違いない! 女性の部屋にお泊まりした時は平気だったし! もちろんベッドではいつもより暴れっぶう!」


菊代は無言ビンタを繰り出した。柳町は頬を抑えながら続ける。


「だからね……? 僕のおうちを調べて欲しいなって……」

「どうしますか紡さん」

「別にもう帰っていただいても構いませんよ? いえ本当、これ以上ウチの柳町がご迷惑を掛けるのは……」


桃子と菊代が紡の顔を覗き込む。対する紡は二人の方を見ずに、


「それに関しては問題ありませんよ。依頼主のご依頼とあらば、喜んでお受け致します」


営業スマイルを浮かべながら、今度はカシューナッツの乱獲を始めたつばきから、それを横取りした。






 一行は柳町のマンションへ蜻蛉返り。菊代が車を走らせる。


「ところで僕の夜の様子は気になりませんか? ベッドでお待っ!!」


という菊代の裏拳で中断された世迷言は聞かなかったことにした。


「女性看護師さんとか大丈夫なんでしょうか?」

「大丈夫ですよ。『機密をSNSにホイホイ上げられないように』という理由ではありますが、あの病棟に若い看護師はいないので」

「その辺がストライクゾーンだったら……」

「あは。私にあんな態度取って上の年齢まで行けたら、ストライクゾーン広過ぎです」

「そしたら獣だね。隔離しなきゃ」

「つばきちゃん相手の時点で隔離するべきでは……」


三人が好き勝手言いたい放題しているのを否定出来ない菊代が、


「勘弁して下さい……」


と絞り出す内に車はマンションの駐車場に到着した。






 桃子的には二度と戻って来たくなかった荒れ部屋だが、紡が行くのだから仕方無い。桃子としては仕事は終わっているので先に京都へ帰ってもいいのだが、彼女にそんな選択肢は無い。ホテルも取ってあるし何より五日間のボランティア休暇、観光でもしないと勿体無い。そしてそれも一人だと寂しいので、紡の仕事終わりを待っている次第である。

と言うわけで桃子としては早く終わって欲しい。リビングに入った紡の背中に早速問い掛ける。


「どうですか? 今度は何か感じますか?」


振り返った紡は険しい表情。


「埃っぽい、としか」


どうしようも無さそうに首を左右に振った。

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