急.
桃子達は今、チェーン系ラーメン店のカウンター席で晩御飯を食べている。向かって右からつばき、紡、桃子。誰一人ラーメン屋にいるような格好をしていないのに雁首揃えている理由は、夕飯を食べずに仕事だったので空腹になった紡が
「晩御飯食べて帰ろうよ」
と提案したからである。
「仕事も終わったし、明日は予定無いからニンニク入れてやろうかな」
紡がニンニクに手を伸ばすと、ネギラーメンに卓上のネギを追加するつばきが
「でも急な駆け込みはあるかもですよ。昨日みたいな」
と鋭い忠告を入れる。
「そんなこと言い出したら私はいつニンニクが食べられるの」
「あは。お店畳んだら?」
「その歳の頃には胃腸がニンニクに耐えられる自信が無い」
「紡さんの場合はその歳になる前に肝腎膵が死にそうですけど」
桃子がチャーシューメンに胡椒をかけながら
「あー! 私は明日も仕事なのに!」
「お店だよ。静かにしな」
「誰の所為だと!」
桃子は気持ちだけでもまろやかにすべく酢を回しかける。
「しかし来客と言えば、彼らは何処で紡さんのことを知るんでしょうね? 広告かホームページでもやってます?」
「やってないけども顧客の口封じもしてないからね。昔ネットに口コミ書いた人がいて」
「その人はどうやって来たんです?」
「知り合いの坊さんの
「へぇ〜」
桃子はラーメンをたぐり込む。
「ところで紡さん」
「お、種明かしの時間かな?」
「なんであの幽霊は勝手に出て行ったんですか? お祓いしたならともかく、むしろそれ用の盛り塩を崩すなんて真逆のことまでしたのに」
「そんなの彼女自身が出たかったからに決まってる」
紡は結局ニンニクを入れずにラーメンを食べている。
「えぇ? ますます意味が分かりません。色々除霊をやっても居座ってたのは彼女の方じゃないですか」
「察しの悪い子だねぇ。ウイスキーボンボンと一緒だよ」
「あ、それと堀川の『呪』が一緒っていう話、結局聞けてませんでしたね」
「おや、言ってなかったか」
紡はメニューのドリンク欄を見ている。より正確に言うと『瓶ビール』を見ている。
「ウイスキーボンボンでも、なんならそのラーメンに載ってる中身トロトロの煮卵でも良いけど、それって外側、『囲い』が無くなるとどうなる?」
「煮卵ですか?」
桃子は丼の中身を見詰める。二つに切られた断面からはつーっと黄身がスープへ。
「中身が溢れる?」
「そう」
「で、それがなんです?」
「あちゃー!」
紡は顔を覆った。
「もういい。つばきちゃん教えてあげて」
「あは」
つばきは鬼のように胡椒をかける手を止めて桃子の方を向く。
「じゃあ逆に考えてみましょう。チョコレートで囲われているとウイスキーは何処に行きますか?」
「え? 何処かに行くんですか? 囲われてるんですよね?」
「はい。何処にも行けません。あの幽霊も一緒です」
「あー……、あー!」
桃子は手を打った。
「桃子ちゃんうるさい」
「すいません。つまりあの幽霊は盛り塩で囲われていたから家の外に出れなかったってことですか」
「そうです。それだけのお話です。まぁ最初は金縛りにさせてたくらいですから悪意があって纏わり付いてたんでしょうけど、除霊グッズで攻撃されたら普通逃げたくなります。だんだんちょっかい掛けなくなった上に見た目もぼんやりしてたんでしょう? 明らかに効いてますよね」
「すごく単純で誰にでも分かるような話でしょ? それであんなに困ってるからつい笑っちゃったよね」
紡は相槌を入れながら、いつの間にか注文していたチャーシュー皿と瓶ビールを受け取る。
「除霊除霊とは言いますけど、ポイントは『成仏』とは言っていない所です。それはもちろん使う人が高位の霊能者だったりアイテム自体に相当の力があれば成仏させられますが、大体は精々『幽霊を追い払う』くらいが限度なんですよ」
「なるほど。あれは全部効いてなかったんじゃなくて、効いて弱らせてるけど、最初に盛り塩で包囲しているから逃げさせることが出来なかったんですね。そして仕留め切る力も無かった」
「そういうことでーす」
つばきは一通り解説を終えるとラーメンに集中した。確かにうかうかしていると伸びてしまう。すると今度は紡が話を引き継いだ。
「つまり『強い壁、防御で囲う』ということは、『中のモノを外に出さない』ということでもあるんだ。この話を堀川の『呪』に戻すと、いつか言いかけた『安倍晴明があそこに居を構えたのは保身だけじゃない』ってことが分かるんじゃない?」
「え? えーと、堀川は中のモノを外に出さなくて……、堀川は都の鬼門で……、あ!」
桃子はパン! と手を打った。
「桃子ちゃんうるさい」
「すいません。つまり安倍晴明は『現れた鬼が出て行かずに溜まり場になってる堀川の治安維持をしていた』ってことですね!?」
「その通り」
「いやぁ、やっぱり漢気ですね! 見直しました! 彼こそ都の最強の防御です! かっくいー!」
「流石は我らが偉大なる陰陽師の代表なのさ」
ドヤ顔でそう告げる紡の背後からつばきがチャーシューを一枚掠め取った。紡さんの防御は案外強くないな、桃子は口に出さずにニヤリと笑った。
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