五.お帰りはこちらです

 翌日の夜。桃子は紡邸に来ている。


「わざわざ来たんだ」

「私には見届ける義務がありますから」

「んなこたぁない」

「なくても見届けたいんですー!」


一応客を迎えるとあって紡はラフな部屋着ではなく、月白げっぱくの生地に襟や袖が銀朱ぎんしゅのデールを着込んでいる。帽子はオミットされている。


「正直仕事着なら普通に巫女さんとかの格好の方が正当なのでは?」

「これでも十分それっぽく見えるでしょ?」

「はぁ」

「それに巫女さんだと急にコスプレっぽくなるじゃないですか」


割と全国の巫女さんに対する問題発言を発したつばきは、何故か同じく銀朱のスカートの、アルザス風の格好をしている。これではコスプレといい勝負である。


「ただでさえ警官のコスプレしてる人がいるのに、私までコスっぽくなったらトンチキ集団になっちゃうからね」

「私はコスプレではありませんが!?」


仕事帰りに直で来た桃子は腕のワッペンを紡の目の前に突き付ける。


「ほら! ちゃんと見て! もっとよく見て!」

「あーもう、鬱陶しいなぁ……」


紡が手で押し退けると、桃子はその動きに逆らわずつばきの方へ寄って行く。


「ほらほら! つばきちゃんも!」

「『こども警視庁』って書いてますねぇ」

「そんなわけないでしょう!」

「あは」

「ていうかお客さん早く来ないかなぁ。早く来て早く片付けないと晩御飯が遅くなっちゃう」


そんな詮の無い話をして時間を潰している内にキンコーンとインターホンが鳴った。


「よし来た。お客さんだ。桃子ちゃんお通しして」

「なんで私なんですか」

「馴染みの顔なら安心するでしょ?」

「また紡さんが不在なんじゃないかって不安がらせるだけでは?」

「いいから早く」

「はいはい」


あまり納得しないがそこに拘泥して客を待たせるのも良くないので、桃子は玄関に向かった。






「桃子ちゃんからお話は聞いています。部屋に出る幽霊を除霊して欲しい、と」

「はい、そうなんです」


応接間に通された成田は恐縮した様子で頷く。


「むむっ! つばきちゃん、あの男私にはタメ口だったのに紡さんには敬語ですよ!」

「人としての圧とか貫禄が違うんでしょう」

「貫禄って言うとおばさんみたいですね」

「だって中身がね」

「そこ、精神が幼児退行するような目に遭わせるぞ」

「ひえっ」

「ぴえっ」

「あの……」

「すいませんねぇうるさいのが邪魔してしまって」

「はぁ……」


紡は桃子とつばきを睨み付けてからいつものように紙とペンを取り出す。


「お名前お伺いしても?」

「あ、はい。成田明です」

「ナリタアキラさん、ね」


桃子はまた一人、紡に魂を握られた哀れな子羊が誕生したのを見て、そっと手を合わせた。


「それで、除霊していただけるんでしょうか?」


成田は縋るような目を見せる。三十か四十にはならないかくらいの男が二十半ばの紡相手にそんな顔をするのは少し滑稽ではある。


「えぇ、現場を見ないことには、というのはありますが、まぁご安心下さい」


紡は自信満々に胸を張った。


「八方手を尽くしても除霊出来なかったゴムパッキンのカビみたいな相手なのに、紡さんえらく余裕ですね」

「日本三大怨霊でもなければ、そうそう人間霊に負ける人じゃありませんよ。まぁ今回は別のアタリが着いてるみたいですけど」


桃子とつばきがヒソヒソ話している内に、紡はさっと席を立つ。


「じゃあテキパキと片付けちゃいますか」






 成田のマンションに着くとつばきは


「外で待ってます」


と玄関横で立ち止まった。


「あぁ、あれこれ置いてあるから入りたくないんですね」

「そうみたいだね」


桃子と紡は事情が分かっているからいいが、成田の方は自分の家の玄関の横にコスプレ童女が立ちんぼという光景がちょっと嫌そうだった。


「なんか俺が如何わしい犯罪してるみたいな……」


んなこと言っても入れないし、のでつばきはコンビニに行った。


「あの格好で……」

「あの格好で電車乗ったし今更でしょ」






 一行はリビングへ。桃子に取っては昨日ぶりの光景だが、紡は実に興味深そうに室内を見回す。


「そんなに面白いですか?」

「いやぁ、カオスだなぁと思って」


紡はおそらく自覚が無いだろうが、ものすごく煽り性能が高い笑顔で破魔矢やらブレスレットやら人形やらストレートなお守りやらが所狭しと並んでいるのを眺めている。


「さすが素人、素晴らしい。素晴らしい破茶滅茶具合。鼻血出る程馬鹿みたいな配置。うむ、うむ」


骨董鑑定みたいなノリで超失礼なことを言い出した紡に成田の眉根が険しくなるので、桃子は慌てて話題を変える。


「それより紡さん! 見えますか? あれ! あそこですよ!」


桃子が紡の肩を揺さぶりながら指差す先には、今日もと女の霊が佇んでいる。


「見えてるよ。どうせそこから動かないんでしょ」

「それはそうですけど、あれを祓うのが仕事じゃないですか! 無害だから放っとけはナシですよ!?」


まぁ『無害ならいいだろ』と最初に言ったのは他ならぬ昨日の桃子なのだが。


「はいはい、分かった分かった」


紡は成田の方へ振り返る。


「これだけのグッズを揃えたりしてらっしゃいますけど、幽霊が出て来て最初に取った対策はなんですか?」


成田はうーん、と少しだけ考えると、


「盛り塩、ですかねぇ?」


瞬間紡は右手で両目を覆って天を仰ぐ。


「あっはっはっはっ! ですよねぇ! それが一番手近ですもんねぇ! 分かります分かります! はっはっはっはっ!」

「何がそんなに面白いんですか紡さん」

「いやね、ふっふっふっ。成田さん、多分あの盛り塩全部盛ってから除霊グッズとか始めましたよね?」

「そうですけど」

「はぁい。ありがとうございます」


紡はにっこり笑った。そして、


「では除霊に取り掛かりますね」


女を完全に無視してベランダに続くガラス戸の方へ近寄った。


「ちょっと、幽霊はこっちですよ!?」

「分かってるって」


紡はまともに取り合わず戸を開け、



足元の盛り塩を蹴飛ばした。



「なんと!?」

「えぇっ!?」


桃子と成田が声を上げたのはほぼ同時。


「何してはるですかぁ紡さん!」


桃子が紡の両肩を掴んで前後に揺さぶっていると、


「まぁまぁ、ちょっと退いて」


紡が桃子の背後の方を指差す。桃子が思わずそちらの方を見ると、



女の幽霊がすっと立ち上がり、こちらにゆっくり歩いて来る。



「うわっ」


桃子が思わず道を開けると、女はそのままベランダに出て姿を消した。


「あれっ? あれ? あれ?」


思わず桃子がベランダまで追い掛けて見渡すが、もう女は何処にも影も形も無い。


「出て行ったね」


紡はなんでもなさそうに呟くと、成田の方へ向き直った。


「ではこれにて除霊完了ということで」

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