四.桃子、数多術具を用いて祓いに挑みたること

 あまりにも不穏過ぎて今すぐにでも帰りたい桃子だが、ここまで来たら逆に好奇心も無くはない。


「お、お邪魔します!」


遂に意を決して、男に続いて敷居を跨いだ。好奇心は猫を殺す、という文句は猫ではなくこういう人間の為にある。






 桃子が成田に続いてリビングに入ると、


「うわ寒っ!」


明らかに何度か気温が低い。冷房の効いてない廊下から効いている部屋に入ったくらいの違いを感じる。幽霊がいる場所は気温が低いとよく言うが……。


「いやぁ、これはガッツリ感じですねぇ」


桃子が腕を摩りながら部屋の中を見回すと、そこかしこに訳の分からないグッズやお札、あちこちに盛り塩なんかが配置されている。


「異様な光景ですね。インテリアのセンス悪いですよ?」

「ぬかせ、インテリアじゃねぇよ。全部除霊の為に買ったもんだよ。でも何一つ効きやしなかった」

「これだけ用意してですか。死屍累々です」

「それよりあれ、見えるか?」


成田は部屋の隅を指差した。桃子もそこに目を凝らすと、



ややぼんやりと、三角座りをする髪の長い女がいる。



「なんとぉ!」


予め聞いてはいたものの、やはり実際に目にすると衝撃が強い。桃子の声に反応してか、幽霊もうつろな目で桃子の方を見る。


「あっ、あわわっ! 今目が合いました!」

「俺なんかしょっちゅう合ってるし会ってるよ」

「つばきちゃんと比べて全然可愛気が無い……」

「誰だそれ?」


そんな会話をしている場合ではない。男は桃子に棚の上にあった破魔矢を握らせる。


「よし、除霊してくれ」

「ちょちょちょちょちょちょっ! ちょっと待って下さい! どれ試しても駄目だったんですよね!?」

「それは俺にセンスが無かっただけかも知れないだろ!」

「私だってトーシローですから! そんなガラッと変わったりしませんから!」

「でもああいう店の留守番するくらいには出入りしてるんだろ? ちょっとは何かあるかも知れないだろ!」

「ふわっふわだなおい!」


しかしそう言われると桃子は、留守番の自分が拒否し過ぎると紡の店の格に差し障る気がした(まったくもってそんなことはないのだが)。

それにもしかしたら本当に、一緒に過ごしている内に紡のスーパーパワーやつばきの霊的なんちゃらが少しは染み付いているかも知れない。それで除霊出来ようものなら彼女らに自慢し放題ではないか!


『桃子ちゃんカッコいいー!』

『かわいいー!』


『素敵!』


『桃子様!』


『サイン下さい!』


『抱いて!』


とかなるかも知れない! 桃子は取らぬ狸の栄光に鼻息荒くしながら胸を張った。


「そ、そこまで言われたらしょうがないですねぇ! 精一杯務めさせていただきます……!」






「南無三! 南無三!」


それから桃子は破魔矢で幽霊を突いたり、高名なお寺の魔除けの木刀で斬り付けたり、


「アーメン!」


ロザリオと聖書で顔を挟んだり、


「アッラーフ・アクバル!」


目の前で神様に礼拝してみたり、


「神様仏様紡さん!」


もう目についた魔除けグッズから食卓塩まで手当たり次第近付けてみたが、


「……」

「……」

「……」


うんともすんとも言わない内に万策尽きた。ただただ部屋が散らかり、幽霊の顔も虚というよりドン引きに見えて来る。そんな室内で桃子と成田は疲労感と徒労感に肩まで浸かって佇むしかなかった。


「……だから言ったじゃないですか。私はただのお留守番だって」

「うん。悪かった」

「また明日ご来店下さい」

「うん。分かった。仕事帰りにでも」


強引に連れて来られた桃子は驚く程あっさりと解放されたのだった。






「ただいま戻りましたー……」


桃子がぐったりして縁側から紡邸に戻るとそこには、


「なんと!?」

「ナ〜ム〜ア〜ミ〜ナ〜ン〜タ〜ラ〜」

「ド〜ウ〜タ〜ラ〜コ〜ウ〜タ〜ラ〜」


テーブルの上におそらく桃子っぽい何かのイラストを載せて木魚を叩く紡と、後ろでマラカス振ってるつばきだった。


「何してはるんですか!」

「あ、おかえり桃子ちゃん」

「今日から幽霊ライフですね。一緒に家主が留守の間にリモコンの位置をずらしたりしましょうね」

「なんで死んだ扱いなんですか。というかもしかしてこれは私の葬儀のつもりですか?」

「葬式饅頭も用意してあるよ。食べる?」

「食べます」






 つばきがお茶を入れてくれたのでそれで一息。


「家に戻ったら鍵開いてるわ桃子ちゃんいないわ式が拉致られたって教えてくれたわで『あ、死んだな』って」

「なんでそうなるんですか! 助けに来て下さいよ!」

「警察官が勝てない相手に私が勝てるわけないでしょ」

「そんなわけないでしょ!」


そんな他愛無い会話より、桃子は客の話をしなければならない。


「紡さんが留守の間にお客さんが来たんですよ」

「それも式から聞いた」

「なんですかなんですか、式神さんも一部始終見てたなら助けてくれたらいいのに。まったく使えない」


桃子が式の悪口を言った瞬間、彼女の皿の葬式饅頭が消えた。


「なんと!?」

「怒らせちゃったねぇ。迂闊なことは言わないに限るよ。何処で誰が聞いてるものか、壁に耳有り」

「障子にメアリー」

「誰ですかそのイギリス人は」

「あは」

「それより、話を進めて」

「腰を折ったのは誰です?」

「メアリーですね」


桃子は箱から葬式饅頭を取り出すと、つばきの口に押し込んだ。ようやく落ち着いて続きが話せる。






「というわけなんですよ。全く除霊が効きません。手強いですよ」

「そう」

「ここはもう紡さん・魂のフルパワーで殲滅するしか」

「ふぅん」


紡は気の無い返事をして急須を振る。


「あ、からだ」

「お茶気にしてないでもっと真面目に考えて下さいよ」

「いやぁ、真面目に考えた上でこの態度だよ」

「どういうことです」


紡はつばきに急須を渡してから桃子に向き直る。


「私がフルパワーで祓わなければいけないような霊なら、相当強力な存在だよ」

「えらくナルシズムですがそうでしょうね」

「ということは結構根が深い念があるはずだよね。なのにその霊は高々金縛りにするくらいで、しかも最近は大人しくなる程度の何処にでもいそうな霊」

「高々、って……」

「とにかく大して凶悪な念の持ち主ではない」


紡は新たな葬式饅頭を手に取る。


「問題は別の所に、実態は大したことないんじゃないかな、って」

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