二.こっくりさんの祟るや否や

 紡はつばきに手伝ってもらい、振袖を着付けながら桃子に指示を出す。


「お客さん玄関に来てると思うから応接間にお通しして」

「はぁ」


桃子が答えるや否や、キンコーンと玄関のチャイムが鳴る。


「ほらGo,go」

「はぁいー!」






 桃子が玄関を開けると、


「わっ!」

「あ、あの、ここで幽霊とかオカルトの相談に乗ってもらえるって聞いたんですけど……」


そこには肩甲骨くらいのサラッとした黒髪と大きなまん丸レンズの眼鏡を載せた少女の困り顔が。

少女の装いは、首元に緑のリボン、胸ポケットに同色の刺繍が入った半袖シャツ、シルバー地に黒でハウンドトゥースが入ったハイウエストスカートの装いでいかにも高校の制服といったところ。

近所にこういう高校あったな、と記憶を漁る桃子であった。

しかし桃子が驚きの声を上げたのはそんなありふれた部分ではない。


そう、後光。


少女は背後から眩い光を放っているのである。もしこれが尋常の光なら、桃子に対して少女は完全なシルエットとなって見えないだろうというくらいのフラッシュだ。


「あ、あの、違いましたか……?」

「あ!? いえいえ、あってるでございます!」


桃子は動揺、向こうはどうやら内気。何だかお互い勝手にギクシャクしながら応接間へ入ると紡とつばきは既に待ち構えていた。

紡は椅子に座って、つばきはその斜め後ろに立っている。


「ご苦労様桃子ちゃん。退がっていいよ」

「えっ」

「えっ、て何さ」

「私、追い出されるんですか?」

「だって顧客の相談を部外者に聞かせるわけにもいかないでしょ」

「ブガイシャ!」


そんな薄情なぁ〜、と足元に縋り付く桃子の額を紡は中指でピンピン弾く。


「邪魔だな。つばきちゃん、連行」

「はぁーい、桃子さんはこっちで私とアルプス一万尺でもしてましょうねー」

「何ですかその妙な暇つぶしは!? あっ! 引き摺らないで! わっ! 私よりおチビなのに力強い!」

「あは。おチビぃ〜?」

「痛い痛い痛いあぃやぁ〜!!」


引き摺られながら出口のドアでゾンビ映画みたいになって堪える桃子を、紡は蔑む様な目で見る。


「どうしてそんなに残りたがる」

「私だけ仲間外れも寂しいじゃないですか!」

「そもそも部外者だし。従業員じゃないし」

「ワンワン! 吉備団子をくれたらお役に立つワン!」

「警察官は副業禁止でしょ」

「くぅ〜ん! ボランティア! 身内の仕事をお手伝いするだけ!」

「あの……、お話してもいいですか……?」


ずっと空気になっていた少女が、おずおずと切り出した。


「あぁどうぞどうぞ、アレの所為せいで申し訳ありません。もうアレは空気中の窒素か何かと思って忘れて下さい」

「はぁ」


紡は仕切り直すように居住いを正した。


「まずは貴方のお名前を教えていただけるかな?」

「あ、はい! 櫻井幸穂です!」


お客が名乗るのにも必死そうな緊張感を纏っている一方、桃子とつばきは部屋の隅で好き放題ひそひそ。


「なんで名前なんか聞くんですかね」

「名前を知られると魂の支配権が……、ってご存じですか?」

「知ってます知ってます。私も一度それで紡さんに酷い目に」

「つまりあれはあらかじめ名前を知っておくことで、お客様との間にトラブルが発生したら力業で解決しようって保険ですね」

「うわぁエゲツない」

「胡散臭いシノギですからね」

「全くです」


「そこ、全部聞こえてるからね?」

「あの……」

「すいません小娘共が。どうぞ始めて下さい」

「はい」


今度は幸穂が居住いを正す。


「あの、この前友達がこっくりさんをやったんです」

「ほう」

「途中までは問題無かったんですけど、じゃあ終わろっかってなったタイミングでなんでか急に十円玉が動かなくなって……。その後アクシデントがあって正しく終われなかったんです」

「なるほど」

「そしたら次の日、こっくりさんをやった友達の一人が登校中に事故に遭って。他の友達と偶然かな、関係あるのかなって話して結局気にしない方で結論出たんです。でもそのお昼休みに友達の一人が階段降りてたら、上から昼練に行く吹奏楽部のチューバが落ちて来て……」


「チューバってどんなですか?」

「一メートルくらいあって十キロくらいある楽器です」

「うわぁ」


「それで私もう不安で不安で! 私も祟るんでしょうか!?」

「でもこっくりさんをしたのは友達でしょう? 何故貴方が」

「それは、私は確かに横で見てただけなんですけど、実は途中で友達が私の聞きたいことを質問してくれて……」

「あー、それは……」

「アウトですか!?」


「うっ!」


桃子は思わず呻いた。幸穂の後光が俄に強くなったからである。


「アウトかと言われれば、それは呼び出したモノ次第です。縁が繋がった否かで言うと、丸っ切り無関係ではありませんね」

「そ、そうですか……」

「でも大丈夫でしょう」


紡はパン、と手を叩いて柔和な笑みを浮かべた。


「貴方の後ろに後光差す稀な存在が見えます。こっくりは『狐狗狸』と書きまして字の通り低級の動物霊です。貴方の後ろにおわすのはその様な連中が歯向かえる存在ではありませんから」

「ほ、本当ですか!?」


「ま、本当でしょうね。私にも後光が見えるくらいですから」

「あは」


後光は会話に反応しているのか、少し光が強くなったように見える。


「良かったぁ。安心しました……。その、でしたら重ねてご依頼が」

「なんでしょう」

「一連の出来事が数日前のことなんですけど、残った友達二人が怖がって家から出られなくなってしまったので、お祓いなんかしていただけると……」

「承りましょう」

「ありがとうございます!」

「では案内していただけますね?」

「もちろんですぅ!」


紡は幸穂とほぼ同時に椅子から立ち上がると、壁際で床に座っている桃子とつばきの方を見た。


「ほら、出掛けるよ」

「え、私も行くんですか?」

「散々仲間外れ嫌がったのは桃子ちゃん自身でしょ」

「いや、私はもうお話聞けて好奇心満たされたんで別に……」

「はぁ!?」

「ひぃ!」

「ボランティアで手伝ってくれるんでしょ? おらっ! ついて来い!」

「ええぇぇ!?」

「あは」

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