三.こっくりさんあれこれ

 幸穂の友人宅へ向かう為敷地を出ると、途端に幸穂から後光が差さなくなった。


「あれ? 光が」

「あぁ、あれはウチの敷地内だから見えてただけだよ。色々結界が張ってある」

「へぇー」


桃子は右隣を見た。


「でもつばきちゃんは見えてますよ」

「あは。プロ幽霊ですから」

「何ですかそれ」


桃子は数歩先を歩く幸穂の背中をチラリと見てから、少し声をひそめる。


「でもですね紡さん、こっくりさんってあれでしょう? 本当は幽霊とかじゃなくて誰かが無意識で動かしてるってやつでしょう?」

「八割そうと言っていいね」

「八割? 本当に幽霊呼び出したりとか出来るもんなんですか?」

「おや、真横に幽霊がいるのに信じませんか?」

「いえ、幽霊そのものの認否ではなくてですね。こっくりさんに関しては科学的に証明されてる訳じゃないですか。だから本人には言い難いですけど、やっぱり幽霊なんか関係無くて偶然の不幸を勝手に結び付けてるだけじゃないのかって」

「そうだね。大体そう。もっと言えば『こっくりさんが祟る』という情報に引っ張られて無意識に危ない方へふら〜っと寄ったり回避が出来なくなったりする」

「それが八割とか大体とか言いますけど、そもそもあんなので幽霊呼び出せるものなんですか? 霊能者でも無い人が、特別な何かも無く十円玉と文字書いた紙って」

「だから大抵は呼び出せないんだって」

「でも二割は呼び出せるってことでしょう?」

「まぁね。参加メンバーに潜在的霊能力がある人がいたのかも知れないし。でも『あんなので幽霊呼び出せるのか』って言うのはお経と一緒だよ」

「お経ですか!?」


桃子が急に大声を出すので、幸穂が驚いて振り返った。


「あの……?」

「あぁ、いえいえ、世間話です! お気になさらず!」

「世間話でお経……」


幸穂はやや訝しむような顔をしていたが、踏み込んでくることは無かった。


「で、何がお経なんですか」

「あれだって言ってしまえばただの文章であり、もっと言えば漢字や言葉の羅列でしかない。それを霊験あらたかな方々が使う内にみんなが『あのお経というのには力がある!』と信仰するようになる。それによって改めてお経自体に除霊出来るとかの『呪』が掛かる。そしてその『呪』が強くなるにつれて、素人さんでも一定の供養が出来るようなお経へと成長して行き今日に至る」

「また『呪』ですか」

「いつだって何だって『呪』だよ。それはさて置き、そういう過程でこっくりさんの手口にも本当に霊を呼び出す力が備わってるんだろうね」

「よく分かりません」

「ざっくり言うと、みんなが『そう』だと信じて『そう』扱うと本当に『そう』なると言うことですよ。例えるなら『立場が人を作る。最初は頼りなかった彼が、主将に任命されて取り組む内に主将らしく成長した』みたいな」

「はえ〜、つばきちゃんの説明の方がよっぽど短くて分かり易いですね。紡さん見習ったらどうですか?」

「何だと小娘!?」


紡にヘッドロックを掛けられる桃子を、振り返った幸穂がドン引きと言った様子で見ている。


「え……、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよおほほほ」

「大丈夫じゃないです痛いあああ!」

「あは。無視して下さい。前見て歩かないとぶつかっちゃいますよ?」

「えぇ……」


でもやっぱりそれ以上は深入りしない幸穂であった。


「でも逆に、それだったらこっくりさんは二割しか呼び出せない程度の『呪』なんですね」

「しかも低級動物霊しか使役出来ない程のね」

「有名な割に大した信仰? は得られてないんですね」

「全盛期はすごかったんだけどね。でもさっきの桃子ちゃんみたいに科学で説明されてしまったから」

「あ、そうか。逆にそうやってみんなが嘘だと思ってしまうことで力を失っていく『呪』もあるんですね」

「そういうこと。今の世の中にはそうやって消えていった『呪』や、本来の意味を失っていった『呪』なんかがたくさんある」

「それは、良くないんですかね?」

「まぁ、良いも悪いも無いかな。ただ一番危ないのは、それこそこっくりさんみたいな過渡期の奴だね。多くの人が平気だと思ってるけどまだ『呪』が残ってるから安易に触れて地雷を踏む人がいる。そして世の中から『呪』が消え行くということは『呪』の解き方も忘れ去られて行くわけだから、今回みたいなことがあった時に困る羽目になる。いや、今回も霊の仕業じゃなくて偶然の勘違いかも知れないけど」

「うーむ、なるほど」

「実はしっかり爆発する物を、爆発しないと思い込んで弄くり回してたら怖いですよね」

「それは派手にヤバいですね……」


「あの……」


また幸穂がこちらを窺うように振り返っている。


「何でしょう」

「ここがその友達の家です」


まぁ至極普通な一戸建てである。


「よろしくお願いします!」


幸穂が深々と頭を下げた。

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