四.なんなんだよ!
幸穂がインターホンを鳴らしても家の中から反応が返って来ない。
「あれ? よっちゃんどうしたのかな?」
幸穂が電話を掛けると、コール終了ギリギリくらいで繋がった。
『……もしもし』
「あ、よっちゃん? 幸穂だよ! 今よっちゃんのお家の前にいるんだけど」
ややあって二階の締め切られたカーテンがゆっくり開く。
『周りの人は?』
「あのね、この前話したでしょ? 近くに幽霊の問題とか解決してくれる人がいるって聞いたって! その人達が来てくれたんだよ! それでお祓いしてくれるって!」
一度会話が途切れると、玄関からカチャリと鍵が開く音がした。そしてゆっくりドアが開くと、見るからに憔悴し切った少女が現れた。
「よっちゃん!」
「おっ」
「あっ」
紡とつばきが唸ったのはほぼ同時だった。
「どうかしましたか?」
「いやね」
「それよりなんか、櫻井さんと同い年に見えないくらい弱ってますね。羅生門の老婆役とか出来そうです」
「その思ったことが本人の前でも壊れた蛇口みたいに出て来るの何とかしなさい。痛い目見るよ」
「水道代がですか?」
「おぉ……、もう……」
紡が顔を覆う。
「ヘッドロックとか既に痛い目は見てると思うんですけどね」
つばきが桃子に向けた視線は「学習してないよこの人」というものだった。
取り敢えず家に上げてもらい、よっちゃんの部屋に向かうことに。
「インターホン鳴らしても出ないから、ちょっと心配したよ?」
「だって、幽霊が来てたら怖いし……」
前を歩く少女二人を眺める紡とつばきの顔は何だか拍子抜けしている。
「どうしたんですか?」
「ちょっと手出して」
「はい?」
桃子が掌を差し出すと紡は指先で何か書いた。
「何ですか? 『人』ですか? 飲めば良いんですか?」
「飲まなくてよろしい」
「どうぞ」
ちょうどよっちゃんの部屋に着いたらしく、彼女が中に入るよう手で促す。
「どう、もっ!?」
「な、なんですか!?」
「あっ、いえ……」
桃子の目に飛び込んで来たのは、よっちゃんが放つ強烈な後光だった。その隣で幸穂もまた負けないくらいに輝いている。
「これは……」
「ウチの敷地と同じように、見える『呪』を掛けた」
「そうですか」
部屋に入り、出されたクッションの上に座る一行。目の前の少女は怯えた様子でいるが……。
「あの、紡さん」
「何」
「櫻井さんが平気ならこの人も絶対平気ですよね? 光ってますし」
「あは。稀なご加護のバーゲンセールだぁ」
「ほら、つばきちゃんも遠い目してますよ」
「気持ちは分かる」
「あの……?」
三人でヒソヒソ話すものだから、幸穂が心配そうに覗き込んでくる。
「何か、その、まずいことでも……?」
「あぁやぁそういうわけでは。お祓いしときましょうね……」
「
紡が桃子には何やらさっぱり分からないことを唱えながら玉串を振るのを、幸穂とよっちゃん(
よもや「後光差すほどの存在が付いてるから平気だと思うけど一応お祓いしときます」みたいなノリで行われているとは思いもしないだろう。
なので桃子には、このお祓い空間にロブスターとザリガニの間違い探しでもしてそうな顔で居座っている隣のプロ幽霊の安否の方が気になって仕方ないほどだった。
「……吐普加美依身多女、
紡が一礼すると、幸穂と良枝も肩の力が抜けた表情をした。後光もなんだか強くなった気がする。
「これでもう大丈夫ですか?」
「でしょう」
「ありがとうございます! 良かったね! よっちゃん!」
「ありがとうユキ!」
抱き合って喜ぶ二人を横目に紡はさっさと立ち去る準備をしている。つばきも合わせてスッと立ち上がるが、桃子は正座で足が痺れて立てなかった。
「そんなに長くなかったでしょ。剣道してるくせに」
「限度がありますよ」
「じゃあお
三人がこんなに意思統一してさっさと立ち去ろうとするのは至極単純、早く帰ってお昼ご飯の続きを食べたいからだ。ちょっとだけお腹に入れた分、むしろ胃が活動して空腹が強くなっている。
「あの、本当にありがとうございます。良かったらお茶でも……」
「いえ、結構です。先を急ぐので」
紡が心持ち早口で良枝を制すると、
「あぁ! そうでした! すみません!」
と幸穂も手をポンと打った。
「じゃあよっちゃん、また学校でね」
「うん。これで安心して出掛けられる」
「ちょっと散歩でもしてくるといいよ」
玄関まで見送ってくれた良枝との別れも済ませたので紡達もいざお暇、軍鶏が私達を呼んでいる! と既に身体を帰路に向けていると幸穂が頭を下げた。
「すいませんお時間とってしまって」
「いえいえ、それでは私達もここいらで……」
「みなさんが次の子のお祓いに行こうとして下さってるのに、私がよっちゃんとお喋りしてる場合じゃないですよね! すいません気が回らなくて! 急ぎましょう!」
「……」
幸穂の眩しい笑顔に、誰も何も言えなかった。自分のお祓いも済んで気が楽になった幸穂がルンルン進むのを呆然と眺めながら、つばきがようやくポツリと呟いた。
「まぁ、分かってましたけど。他にもこっくりさんに参加した人がいるわけですし、あと複数人お祓いに行かなければならないのは」
「にしても、一旦お昼ご飯にも返してもらえないとは……」
「まぁお祓いしてもらう側は一刻も早くして欲しいだろうからね……」
「紡さん、私お腹空きましたよ」
「吉備団子は無いよ」
「くぅぅ〜ん……。ところでつばきちゃんはあの場所にいて平気だったんですか? 一緒にお祓いされてしまったりとかしないんですか?」
「エリート幽霊なので」
「何ですかそれは」
遠くで幸穂が振り返るのを、三人はル◯ン三世みたいな歩き方でトボトボ追い掛けた。
しかも、
「なんだこの徒労は……」
「この子が
「これまたすごい後光ですね……」
「あは。ご加護のSSR無料配布だぁ……」
「紡さん。ホントにこの子大正時代の幽霊なんですか?」
これまたお祓いなんていらないくらいの子が出て来たのである。
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