二十.あれもこれも必須事項

「どうしてですか?」


多分聞いても分からないだろうが、だからと言って大事なことを適当にはしておけない。桃子は居住まいを正す。

紡はコルクボードに戻って、メモ用紙を一枚ずつ指差す。


「『祓うもの』も相当調達は難しいけれど、これは最悪ただ『呪』的に大火力な武器であればいい。成仏させなくとも、今回はその場から追い祓えればいいからね。『洗うもの』、これは霊水でも汲んでくればいい。今時は少なくなったけど、それでもまだ確かに存在しているからね。『塞ぐもの』、これは『本人が張った結界を破るに当たって、魂魄を切開することになるから、後で切り口を縫合する糸なり塞ぐ当て布なりいるよね』というだけの話。だから悪しき『呪』で汚染されてるでもなければ、霊的概念を含んだものなら本人の治癒力と合わせてなんとでもなる」

「はえ〜分かりません」


紡としても分かるとは思っていないのだろう。突っ込まずにテーブルへ戻り、最後のメモ用紙を指差す。


「だけど、これだけはそうも行かない」

「どうしてですか?」

「清さだよ」

「清さ」


紡は桃子の対面の椅子に腰掛ける。


「『結界を破る』って言うと、なんか武器っぽいものを連想するかも知れないけど、そうじゃない。これはどちらかと言えば扉と鍵に近い」

「扉と鍵ですか」

「そう。閉ざされた清き聖域に出入り口を作るもの。となると、重要なのは結界に触れて立ち入れる程、しっかり潔斎されていることなんだ。私レベルの陰陽師が作った聖域なら、少しでも穢れがあると弾かれてしまう」

「あぁ、そう」

「あん?」

「いえ? なんでも?」


紡は気を取り直して、全てのメモ用紙をコルクボードから外す。


「つまりこれに必要な道具は、『“呪’’的観点において非常に強力であること』と『穢れ無き清さを持っていること』の両方が求められる」

「なるほど」

「これが難しい。基本的にこの条件を満たすものは、長年人里離れた霊験あらたかな神社仏閣で、秘宝として大事に眠らされているようなものだよ。手に入れようと思ったら、陰陽師より大怪盗の仕事になる」

「Oh……」


カレンダーやらを張りなおし、ボードを元の状態に戻しながら、紡はなおも続ける。


「野良でこういうものがある確率は……、うん、多少の穢れなら浄化も出来るけど、大抵の清くないけど霊力の高いものは、人殺しまくった刀とかで中々そうは行かないし……」

「むむむ……」

「でも悩んでられる程選択肢は無いね」

「それは、そうです」


コルクボードの作業を終わらせた紡は、桃子を真っ直ぐ見据えて座った。桃子が個人的に感じる以上の安心感を、相手に与えようとする笑みだ。


「それらの道具を探したり手に入れたり、そういうことのお手伝いはいくらでもしてあげよう」

「ありがとうございます!」


桃子は額をテーブルに着けんばかりに頭を下げた。そしてたっぷり十秒程そうしていたかと思うと、上体を起こさずに首だけで顔を上げた。少しバツが悪そうな笑顔をしている。

紡はそれを見て訝しむような顔。


「……何かな」

「あのー、ですね? それで早速お願いしたいというか、お伺いしたいことがあるんですがね?」


紡は数秒腕を組んで、見定めるように桃子を睨むと、煙草を取り出して咥えた。


「言ってごらん」

「紡さんって世界を移動したり、出来ますか?」

「それは君が枕返しを使ってしたようなことを、自力で出来るかってことかな?」

「仰る通りです」


紡は煙草に火を着け、煙を大きく吸い込み長く吐くと、事も無気に一言。


「出来るよ」

「本当ですか!?」

「準備はいるけども」

「じゃあ、その、つばきちゃんを迎えに行くのにご協力いただきたいのですが」

「いいよ。じゃあ準備しようか。ちょっとついて来て」


紡は椅子から立ち上がると、屋敷の方へ歩いて行った。桃子はなんとかなりそうな展望が見えて来たので、お気楽そうにノコノコついて行く。






 桃子が連れて来られたのは紡の寝室だった。紡は布団を二組敷くと、片方に腰を下ろし、桃子にももう片方に腰を下ろすよう促した。


「何をするんです? はっ、もしや日が高い内からそういうことを!? んも〜♡」

「は? なんだお前? 気持ち悪い」

「あぐっ……」


つい自分の世界の紡に対するノリをしてしまい、反省する桃子だった。目の前の紡は桃子の知る紡とは似て非なるものなのだ。まぁ、元の世界の紡にも、こういうノリは不評なのだが。


「すいません。で、何を始めるんです?」

「使うのはこれ」


紡は棚から一本の蝋燭を取り出した。


「それで一体何するっていうんですか? まさかSエ……失礼」

「催眠療法って知ってる?」

「催眠療法?」


続けて紡はマッチ箱を取り出す。


「雑に言うと、今から君を催眠状態にして、記憶を洗いざらい吐いてもらうわけだけど」

「えぇーっ!? どうしてそんなことするんですか!?」


桃子は思わず座ったままで後ずさり、布団の外まで逃げる。対する紡は四つん這いで追い掛けて、桃子の足首を掴んだ。


「ひえっ!」

「逃げるな。必要なことなんだから」

「説明を求めます!!」

「君が逃げるから中断したんだろうが。いい? 私は確かに世界や時空を渡れるけど、今回の君の要求を叶えるには一つ問題がある」

「な、なんでしょう……」


紡は桃子の足首から手を離すと、布団に戻るよう手招きする。


「それは膨大な数存在する世界の中から、君が来た世界を探し出さなければならない、ということ」

「わぁお」

「正直全人類を一ヶ所に集めて、その中から一個人を見付け出すレベルの苦労」

「不可能ですね」

「うん」


四つん這いで布団の上に戻る桃子の前で、紡は人差し指を蝋燭に添えながら立てる。


「それを可能にするのが催眠療法なんだよ」

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