十九.グダグダ作戦会議
「えっ」
ここまで紡との再会で浮かれていた桃子にとって、その言葉は、一気に心臓まで凍る冷や水を掛けられたようなものだった。この時の彼女は如何に間の抜けた、それでいて哀れに力無い顔をしていたことだろう。
桃子は、さっきまでハーブティーで潤っていたはずの喉が一気に干上がるのを感じながら、なんとか震える声を絞り出す。
「む、無理なんですか……?」
我知らず、いつものように身を乗り出す、しかしいつもと違って、勢いの無い弱々しさで前のめる桃子。
それを見て紡は少し目を逸らし、煙草をたっぷり吸ってたっぷり吐く。この時間を使って、伝え方を考えているような表情である。そうして彼女の脳が出した答えは
「無理とは言っていない。ただ……」
「ただ?」
「難しい」
「難しいですか……」
「極めて」
「極めて」
詭弁のような言い回しだった。桃子もつい
「可能性はあるんですか?」
「あるにはあるよ」
「教えて下さい!」
「大変だよ?」
「覚悟の上です。ここに来るのだって苦労の連続でしたよ」
「よろしい」
紡は席を立ち上がった。桃子も釣られて立ち上がる。
「どちらへ?」
「リビングの方へ。そっちで説明する」
「ここで出来ないんですか?」
「一覧で見れた方が都合良いから」
「はぁ」
リビングに入ると紡は、壁に掛けられた大きなコルクボードから、カレンダーやゴミの分別表なんかを次々外して綺麗さっぱりにした。そしてそれをホワイトボード代わりに、椅子に座った桃子へ向けて説明を始める。
「まず解決しなければならない情報をまとめると、こうなる。『紡という最高の陰陽師が、聖天様という最強格の’’呪’’を用いて、平将門という最悪レベルの怨霊を、自身の中に封印した』」
「口幅ったいところは、どの紡さんも同じなんですね」
「画鋲投げるぞ」
「すいません」
紡の射殺すような視線すらも今は愛おしい現実に、桃子はいよいよ自分が変態になった気がした。しかし、それでいいやと結論着ける。ここに来て後ろ向きな理由を求めるくらいなら、甘んじて変態になろう。
まさか変態に見詰められているとは思わないだろう紡の説明は続く。
「ここから必要な行動を逆算するとこうなる」
紡はメモ用紙を次々とコルクボードに張り付け始める。
「『強力な聖天様の結界を破る』『出て来た将門公を打ち祓う』『大怨霊を宿していた身体を綺麗に洗い清めてやる』『結界と化した身体を破った際の傷口を修復してやる』……まぁこんなところかな」
「はぁ」
「そしてどれもこれもが、一筋縄で行かないことは分かるかな?」
「はい、まぁ。聖天さんの結界や将門さんの退治はそもそも相手が強力ですし、その残滓を洗い流すのももちろん、聖天さんの結界を破る程の一撃で出来た傷を埋めるのも簡単なことではありませんよね」
「その通り」
紡はここで一度腕を組み、渋い顔をする。
「最悪私自身がまた聖天様の『呪』を用いれば、やれんこたないだろうけど……。あれは結構なリスクがある存在だからね」
「それは聞いたことがあります。扱いを間違えると大きな反動を受ける、と」
「なら分かってくれるね。正直いくら自分とは言え、知りもしない相手にそこまでのリスクは負えない」
「やっぱり恐ろしい『呪』なんですね。分かっています」
桃子はテーブルに手を突いて立ち上がる。
「そこまで危険なことを頼んだりはしません。リスクも自分で負いますし、最大限自分の努力で取り組みます。私達の大切な紡さんは、私達の手で助けます。ただ、それでも、どうしても私には出来ないことがあります……。それを、どうかそこだけは、なんとか助けていただきたいんです」
彼女の宣言は、紡に伝えるべきことでもあり、何より自分自身に宣言するべきことであった。
紡は話を仕切り直すように、それには応えずメモ用紙に何かを書き出す。
「うん。つまり君が自分でやる前提でプランを立てることになる。そうなった時に、さっき言った通り『無理』ではないけど、『難しい』ことになる」
「それも『極めて』……」
「その通り」
紡はメモ用紙を次々と、先に張り付けた紙の下に配置する。
「さて、もちろん君には事件を解決出来るレベルの力は無い。となると必要なのは、なんだと思う?」
「……修行?」
「才能無いよ」
「なんと!」
紡は人差し指を振る。よく見た仕草だ。
「原始人がマンモスを狩る時、どうした?」
「集団戦法!」
「……どうしてそう、絶妙に違う方を当てるかな。正解は『道具を使う』です。石弓石斧石の槍」
「でもそれじゃ、人数少ないと勝てませんよね?」
「うるさい! だったらガトリング砲でも持って来い! 真面目かどうか分からん奴だな! とにかく、君が出来ないことを
「はい! タ◯コプター!」
「分かったか! 竹のように庭先に埋められたくなければ、真面目に聞け!」
「はい!」
「……何さ気持ち悪い。ニヤニヤして」
「えへ」
この紡が、今まで自分が接してきた紡と違うことは理解している。だが、このやり取り一つ取っても、やはり紡は紡だ。桃子はどうしても安堵と笑みが溢れてしまう。そして、一抹の切なさも。
紡はコホンと咳払いをして、ボードのメモ用紙を指差す。
「つまりは道具を調達しなければならないわけだ。『結界を破れるもの』『大怨霊を祓えるもの』『傷口を洗えるもの』『傷口を塞ぐもの』」
「前二つは同じものでいいのでは?」
「別が望ましいね。用途が違う。君がメスで戦場に出たり日本刀で手術するというなら構わないけど」
「あっはい」
「差し当たって入手が困難なのは……」
紡はメモ用紙の内の一枚をボードから外すと、それをテーブルの上に置いた。
「『結界を破れるもの』」
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