一.遊びに行こうよ

「桃子ちゃんって車の免許持ってる?」


紡邸の縁側にテーブルと椅子を出して晩酌。清酒片手に寛いでいる桃子に投げ掛けられたのはそんな質問だった。


「えぇ一応。あんまり運転しないですけど」

「じゃあ次いつ連休取れる?」

「連休ですか? 休日少ない有給取れない休日出勤多い代休形だけの警察官に、そうそう連休は……」


桃子が緑の江戸切子きりこのぐい飲みを置いて手帳を開くと、


「おや! 珍しいこともあるもんですね! 明後日から連休です!」

「そうか、そりゃいいや」


紡はテーブルに少し乗り出した。野球のユニフォームみたいにゆったりしたシャツとハーフパンツの組み合わせが夏の夜にも見ていて涼し気。


「桃子ちゃん。私ちょっと泊まり掛けで遊びに行くんだけどさ、君も来ない?」

「いいんですか!?」

「いいよ。その代わり車よろしくね」

「お任せ下さい! パパの車借ります!」


桃子は早速スマートフォンを取り出すと、席を立って父親に交渉を始めた。


「OKです紡さん! 車出せます!」

「あんがとねー」

「それで紡さん、何処に遊びに行くんですか?」

「それはねぇ、招待状が来ててねぇ」


紡が一枚の紙を席に着いた桃子に手渡す。


「どれどれ?」


そこには


「『椿館つばきやかたヘゴ招待致シマス。是非オ出デ下サイマセ』……。なんですかこれは」

「招待状」

「なんて簡素な。これ本当に招待状ですか? そもそも椿館って何処ですか? 何県の何市何町何番地ですか? 聞いたことありませんよ?」

「椿かんってホテルはあるけど無関係だからね。所在地はもう一枚の方に書いてあったから当日教えるよ」

「さいですか。……まぁいいや! では!」


桃子は椅子から再度立ち上がった。


「明後日なんですよね? 私は帰って荷造りをします!」

「そ。気を付けてお帰り」


桃子が上機嫌で清酒を飲み干すと、紡も合わせて赤の江戸切子を空にした。


「お菓子は三百円までだよ」






 翌々日、桃子は紡を車で迎えに来た。家の前までは車を回せないので、入り口の路地の前。


「ふぁあふ……」


桃子は助手席で大きく伸びをした。なんと時間は早朝六時。つまり起きた時間はもっと前。


「休日にこんな早起きをさせられるとは……」


桃子は缶コーヒーを飲み干すと座席を大きく後ろに倒した。

あー、あー、いい角度。このまま眠……眠……

コンコン、と窓を叩く音がする。


『開けてよ〜』

「あっはい!」


桃子が目を開けると紡が窓に張り付くように立っている。桃子は慌ててドアのロックを外した。

紡は雪椿の柄の唐装漢服とうそうかんぷくを身に纏っている。豪奢な身形に旅行鞄のミスマッチが小さく開けたドアの隙間から体を滑り込ませる。


「おはよう」

「おはようございます。今は早朝ですけど、暑くないんですかその格好」


紡が助手席を倒す。桃子は運転席を起こす。


「暑いに決まってるでしょ」

「えぇ……。しかし本当に早い時間ですね」

「割と早い時間帯に招待されててね」

「へぇ〜、時間指定ですか。何か催し物とかあるんですかね?」

「ちょっとしたゲーム大会がね。桃子ちゃんが一泊しか出来ないから少しでも時間取れるよう早朝からにしてもらった」

「それはお気遣いどうも……というか招待状貰ってない私は入れるんですか?」

「先方に桃子ちゃんの同伴は許可してもらってるから大丈夫」


そう言いながら紡は旅行鞄から発泡酒の缶を取り出した。


「朝から飲むつもりですか……」

「運転手はダメだよ。さ、車出して」

「飲みませんから」


桃子は力強くアクセルを踏んだ。寝不足のペーパードライバーがとんでもない運転をしたことは言うに及ぶまい。






 最寄りの神社を目的地にしたナビは最初片道三時間程を示していたが、今はそれも終盤に差し掛かっている。と共に。


「なんだかずっと薄暗くて狭い山道なんですが。大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃない。吐きそう」

「発泡酒一パックも飲むからですよ」

「違うよ運転だよ」

「それより私が大丈夫か聞いたのは酔っ払いではなく道の話です」

「それは大丈夫。道はあってる」

「本当ですかぁ?」

「桃子ちゃんの運転よりは大丈夫で確かだよ」

「なんと」


正直あまり雰囲気が良いとは言えない、対向車が来てもすれ違えないような道を進む。

こんなの地元民しか通らないだろうと見せかけてヤバい道だと知っている地元民は一切通らない、真の激ヤバロードなので桃子はとても嫌だったが仕方無い。


「人の招待が無かったら絶対通りませんし、こんな道だって知ってて自分が招待されてたら絶対断ってましたよ」

「私も桃子ちゃんの運転の腕を知ってたら絶対電車にしたよ……」

「なんと」


そんな会話を続けている内にやや道が開けてきた。そして、


「でかぁ!」

「着いたねぇ」

「三階建てくらいですかね?」


時間は午前九時頃。そこにはいかにも大正浪漫の大きな館がそびえ立っていた。

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