二.椿館へようこそ

「ここで間違い無いね」


紡は窓を開けて館を眺める。


「本当ですか?」

「だってほら、椿が咲いてる」


確かに塀の向こうには、庭を埋め尽くさんばかりの紅椿が。


「なるほど、それで椿館ですか。ところで、庭が椿に埋め尽くされてるんですが何処に車停めたら良いんですか?」

「その辺置いときなよ。どうせ誰も来ないんだから、駐禁切られたりしないよ」

「警察官の私が来ているんですが……」


紡は無視して先に車から降りてしまった。


「あ、もう……」


桃子は急いで門を塞がないような位置に車を停めるとトランクを開ける。


「紡さーん! 荷物入れっ放しですよぉー!」

「持って来てー!」


紡は何故か地面にしゃがみ込んでこっちを見もしなかった。


き使ってくれちゃって……」






「地面に何かありますか?」

「いや? 綺麗なもんだと思って」

「ですねぇ。ここまで来るにはガタガタ道だったのに。全部慣らして欲しいものです」


桃子は視線を上げた。


「しかし豪奢ですねぇ。気後れしてしまいます」


近くで見上げるとまず門からして大きい。ザ・庶民ど真ん中ワインドアップから百五十八キロストレートの桃子には一生縁が無いと思っていた建物。


「じゃあ外で待ってるんだね」


紡は桃子を置いてさっさと入っていってしまう。


「あ! ちょっと待って下さいよぉ! というか荷物は私が持ってるんですからね!?」


桃子も後を追って門を潜り、


「ぅわっ」

「どうしたの」


桃子は思わず半袖の腕を押さえる。


「いえ、なんか、一気に寒くなったような……」

「ほう、そうかね」

「そういえば紡さんは何故か重装備でしたね」


椿しか生えていない庭の先に玄関が見える。椿も玄関も壮麗なのだが、


「なんだか、こうも単一の光景だと却って威圧感というか、不気味ですね」

「ははは。椿は自然のものだけど、ここまでくると自然ではあり得ないからね」


そうこう言っている内に玄関の前まで来た。インターホンは無いがドアノッカーがあったので、紡が力強く鳴らす。

ややあって重たそうな玄関がゆっくりと開いた。そこには、


「ようこそいらっしゃいました!」

「あら可愛い」


若葉色の振り袖に紅桔梗べにききょうの袴、前髪以外を左のサイドテールに纏めた頭にメイドのヘッドドレスを着けた少女が立っていた。

彼女は桃子を見つめて笑顔を浮かべる。


「お待ちしておりました。ずっと……」






「私はこの椿館でメイドを勤めております、つばき、と申します」


少女は先頭に立って二人を案内する。

長い廊下は天井が高いものの昼なお暗く、閉塞感や圧迫感に似たものがある。

それをつばきの囁くような落ち着いた、しかし何処か薄命な印象を孕む声が緩和してくれる。


「へぇ、それはちょうどいい名前ですねぇ」

「あは。よく言われます」


きっとウンザリするほど言われてきたことだろうが、つばきは嫌な顔どころか人懐っこい笑顔を見せる。


「つばきちゃんはお幾つなんですか?」

「十です」

「え!? 児童労働じゃないですか! 十五歳以下は法律で原則働いてはいけないんですよ!?」

「そうなんですか?」

「知らないんですか!? なんという……」

「そうだったんですか……。でも、そうだとしても必要なことなので」

「な、なんと健気な……!」


桃子は紡の方に勢い良く振り返る。


「この館の主を逮捕しましょう!」

「それは後で勝手にやったらいいよ」

「なんですかその態度は!」

「あは」


つばきは楽しそうにやり取りを眺めながら、大きな観音開きのドアに手を掛ける。


「こちらが広間になります。どうぞ入って下さい。皆様お待ちかねですよ」


ゆっくりとゲーム大会の会場が開かれた。






 そこは広間というだけあって縦横たっぷり空間があり、細かい柄の絨毯の上に大小複数のテーブルや上等なソファから座椅子、壁には立派な暖炉に彫刻や絵や皿の様々な調度品等が配置されている。


「こんなのテレビでしか見たことありません……。紡さんの家もすごいですけど、規模が違いますね」

「そうだね。ルンバが一ダースから欲しくなる感じ」

「なんですかそのコメントは」

「お荷物は私がお部屋に運んでおきますので、会が始まるまで皆様と交流なさって下さい。お部屋はオリエンテーションが終わってからご案内致します」


つばきが桃子の肩から荷物を下ろそうとする。


「いやいや、悪いですよ」

「ダメですよ。良いお客様というのはホストに本分をまっとうさせるものです」

「そこまで仰るなら……」


桃子はつばきに荷物を託したが、小柄な少女が二人分の荷物をエンヤコラ運ぶ背中を見て、やはり無理があるのではないかと思った。


 それはさて置き、桃子はゲームの参加者であろう『皆様』を見回した。

広間には彼女と紡を除いて五人の男女が集まっている。


腕捲りしたシャツを第二ボタンまで開けてノーネクタイながら、サスペンダーはかっちり付けている二十代か若見えの三十代かの男。小さな丸テーブルの横のソファに座りナッツを食べている。


團十郎茶だんじゅうろうちゃのプロ棋士みたいな和服にステッキの、白髪と黒髪が八対二でボリュームある口髭と縁無し眼鏡が特徴的な背筋の通った老爺。壁に架けられた自動販売機並みのサイズの婦人画をじっくり鑑賞している。


黒地に銀糸で刺繍が入ったシースドレスに派手なイヤリング、ウェーブがキツいミルキーブロンドにカメリアの口紅のキャバ嬢みたいな若い女。実用よりは調度品扱いだろう楕円形の鏡の前でコンタクトを入れようとしている。


アニメキャラクターの女の子がプリントされたTシャツの上に前を開けたデニムシャツ、カーキのチノパンのひょろっとした青年。部屋の角の一人掛けの椅子にずり落ちんばかりに身を沈め、タブレットにペンを走らせている。


白いリネンシャツにモスグリーンのサロペットスカートを合わせた、ボブカットの大学生くらいに見える大人しそうな女性。大きな数人掛けの円卓に一人だけ着いて、文庫本を読んでいる。


 サスペンダーが紡と桃子の方を見て立ち上がった。


「やぁやぁ、みんな集まったみたいですね。それじゃあここらで自己紹介といきませんか?」

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