三.自己紹介とルール説明

「はぁ? 別にそんなの興味無いんだけど」


キャバ嬢が細い煙草に火を点けながら速攻否定する。


「まぁそう言わずに」


サスペンダーが馴れ馴れしく近寄って宥めると、老爺がステッキをカツカツ鳴らしながら部屋の中央へ寄って来る。


「そうだな。我々は何かの縁でここに集まり、そして何かに興じようとしている。コミュニケーションが取れている方が万事円滑に進むだろう」

「もうちょっとで作業終わるんで、僕は順番後ろにして下さい」


青年もタブレットに集中しているが、自己紹介自体に否定的ではないようだ。

円卓の女性だって何も言わないしこちらに来る様子も無いが、文庫本を閉じてこちらに向き直っている。

それに勢い付いたサスペンダーは紡と桃子にも確認を取る。


「そういうことなんだけど、どうかな?」

「えぇ、どうぞ」


紡がにこやかに対応したのでサスペンダーはいよいよ気分良くしてキャバ嬢に向き直る。


「じゃあそういうことだから。まずは言い出しっぺなんで俺から行きます」


サスペンダーはグッと胸を張ると、身振り手振りも加えて高らかに始めた。


「俺は有原晋作ありはらしんさく、三十三歳。貿易会社で働いている。元々は役者志望で二十七まで頑張ってたんだが、芽が出ないんで一緒に劇団を辞めた仲間と起こした会社が当たってね。自分で言うのもナンだけど、今はちょっとした御身分の生活をしているよ。好きな食べ物はビフテキと……」

「ちょっと長いわよ。いつまで続ける気?」

「おっといけない。興味があったらおいおい聞いてくれ」


キャバ嬢に睨まれたので有原は切り上げた。滑舌はいいが少し早口な節がある。


「じゃあ次は君が」

「はぁ!?」


キャバ嬢は嫌そうな顔を隠さないが、周りの視線が全て自分に集まっているのを感じて観念したようだ。


「……杉本美知留すぎもとみちる。東京生まれ」

「他には何か無いのかね」


老爺の言葉に美知留は威嚇するような顔をした。


「なんで話さなきゃいけないのよ!」

「まぁまぁ。じゃあ次はお爺さん」

「うむ」


老爺は軽く頷くとステッキで床を軽く叩き始める。


「私は荻野大次郎おぎのだいじろう。六十二歳の日本男児である。趣味は盆栽、柔道黒帯。家紋は丸に左三階松ひだりさんがいまつ

「なんか親しみ易い情報が無いなぁ」


青年がポツリと呟くと、荻野は「好きな食べ物は鮎の塩焼き」と付け足した。


「じゃあ次は、そこのお嬢さん!」


有原は桃子へ促すように手を差し向けた。驚きと緊張で桃子はビシッと気を付け直立不動になった。


「あ、はい! 沖田桃子と申します! 二十四歳で現在京都府警に奉職しています! 特技は剣道四段、好きな食べ物はすき焼き、好きな言葉は『なんとかなる』です!」

「あんた警察なの!?」

「えっ、は、はい」


さっきまで我関せずという態度で壁に向いていた美知留が、急に食い付いてきた。


「警察だったら!」

「……だったらなんでしょう?」

「……なんでもないわよ」


美知留はまた壁の方を向いてしまった。


「沖田さんか。元気があっていいね! じゃあ次、その横の変わった格好の人。白人さん、かな?」


次に指名された紡は軽く頭を下げた。


「さくら・オースティンです。父がイングランド人です。よろしく」

「あ」

「何さ桃子ちゃん、あ、って」

「いえ、なんでも」


そう言えば本名を知られると支配権がどうとか……。紡が偽名を名乗ったことでそれを思い出した桃子は、あっさり本名を垂れ流したことで背中に汗を感じた。

そもそも私に名乗った時も偽名だって言ってませんでしたか? それ使わないんですか? 偽名の偽名ですか?

本名名乗ったけど『なんとかなる』と思った桃子の思考回路は即座にあらぬ方向へ流れて行った。


「なるほど、混血さんか。じゃあ次は作業が終わったらしい君!」


有原に指名された青年はいつの間にかタブレットを置いている。彼はずり落ちそうな角度から居住いを正した。


「僕は大島孝太おおしまこうた、二十五歳。デザイナーやってます。今は事務所に入ってるけどフリー目指してるんで、なんか仕事あったらお話し下さい」


言う内容は夢がある大島だが、喋り方はどうにもゆるいテンションだった。


「それと、僕煙草苦手なんで勘弁してもらえませんか? 杉本さん」


へにゃっとした喋り方の割に物怖じしない大島に、美知留も調子が狂うのか有原の時のように反駁はんばくせず「何よ」と小さく呟いて紙巻きを暖炉に捨てた。


「じゃあ最後に残ったのは君だね」


有原が勢いよく振り返る。一人離れた円卓にいる女性は少し眠たくなるような、落ち着きのある声を出した。


会沢薫あいざわかおるです。文学科の大学生です。本が好きです。愛読書はヘミングウェイです」


薫は顔の高さに文庫本を持って来る。『キリマンジャロの雪』。


「これでみんな一通り自己紹介終わったね! 仲良く楽しもう! よろしくね!」


有原が荻野、大島と次々に握手をして回っていると、


「みなさん、自己紹介は終わったようですね。それではオリエンテーションを始めたいと思います」

「わっ」


しれっとつばきが戻って来ていて、にっこりと微笑むのだった。






 一同が円卓に着くとつばきはうやうやしく頭を下げた。


「では説明に入りたいと思います」


つばきは両手で銀の盆を持っており、その上にはガラス製の駒が並んだチェスセットが載っている。つばきはそれを器用に片手で、全く駒を落とすことなくテーブルに移す。


「今回集まっていただいたのは本館の主人の意向で皆様にあるゲームをしていただく為ですが」


つばきは盤の上から次々と駒を円卓へ円形に並べていく。青のナイト、透明のルーク、青のビショップ、透明のポーン二つ、透明のナイト。

そこまで並べてつばきは一旦手を止める。


「そのゲームって言うのは?」


有原が促すと、つばきはにっこり微笑みかけて透明のキングを取る。


「皆様の中に……」


ゆっくり持ち上げ、そして



「皆様の中に、幽霊がいます」



カン! と駒のサークルの中心に力強く立てた。

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