三.自己紹介とルール説明
「はぁ? 別にそんなの興味無いんだけど」
キャバ嬢が細い煙草に火を点けながら速攻否定する。
「まぁそう言わずに」
サスペンダーが馴れ馴れしく近寄って宥めると、老爺がステッキをカツカツ鳴らしながら部屋の中央へ寄って来る。
「そうだな。我々は何かの縁でここに集まり、そして何かに興じようとしている。コミュニケーションが取れている方が万事円滑に進むだろう」
「もうちょっとで作業終わるんで、僕は順番後ろにして下さい」
青年もタブレットに集中しているが、自己紹介自体に否定的ではないようだ。
円卓の女性だって何も言わないしこちらに来る様子も無いが、文庫本を閉じてこちらに向き直っている。
それに勢い付いたサスペンダーは紡と桃子にも確認を取る。
「そういうことなんだけど、どうかな?」
「えぇ、どうぞ」
紡がにこやかに対応したのでサスペンダーはいよいよ気分良くしてキャバ嬢に向き直る。
「じゃあそういうことだから。まずは言い出しっぺなんで俺から行きます」
サスペンダーはグッと胸を張ると、身振り手振りも加えて高らかに始めた。
「俺は
「ちょっと長いわよ。いつまで続ける気?」
「おっといけない。興味があったらおいおい聞いてくれ」
キャバ嬢に睨まれたので有原は切り上げた。滑舌はいいが少し早口な節がある。
「じゃあ次は君が」
「はぁ!?」
キャバ嬢は嫌そうな顔を隠さないが、周りの視線が全て自分に集まっているのを感じて観念したようだ。
「……
「他には何か無いのかね」
老爺の言葉に美知留は威嚇するような顔をした。
「なんで話さなきゃいけないのよ!」
「まぁまぁ。じゃあ次はお爺さん」
「うむ」
老爺は軽く頷くとステッキで床を軽く叩き始める。
「私は
「なんか親しみ易い情報が無いなぁ」
青年がポツリと呟くと、荻野は「好きな食べ物は鮎の塩焼き」と付け足した。
「じゃあ次は、そこのお嬢さん!」
有原は桃子へ促すように手を差し向けた。驚きと緊張で桃子はビシッと気を付け直立不動になった。
「あ、はい! 沖田桃子と申します! 二十四歳で現在京都府警に奉職しています! 特技は剣道四段、好きな食べ物はすき焼き、好きな言葉は『なんとかなる』です!」
「あんた警察なの!?」
「えっ、は、はい」
さっきまで我関せずという態度で壁に向いていた美知留が、急に食い付いてきた。
「警察だったら!」
「……だったらなんでしょう?」
「……なんでもないわよ」
美知留はまた壁の方を向いてしまった。
「沖田さんか。元気があっていいね! じゃあ次、その横の変わった格好の人。白人さん、かな?」
次に指名された紡は軽く頭を下げた。
「さくら・オースティンです。父がイングランド人です。よろしく」
「あ」
「何さ桃子ちゃん、あ、って」
「いえ、なんでも」
そう言えば本名を知られると支配権がどうとか……。紡が偽名を名乗ったことでそれを思い出した桃子は、あっさり本名を垂れ流したことで背中に汗を感じた。
そもそも私に名乗った時も偽名だって言ってませんでしたか? それ使わないんですか? 偽名の偽名ですか?
本名名乗ったけど『なんとかなる』と思った桃子の思考回路は即座にあらぬ方向へ流れて行った。
「なるほど、混血さんか。じゃあ次は作業が終わったらしい君!」
有原に指名された青年はいつの間にかタブレットを置いている。彼はずり落ちそうな角度から居住いを正した。
「僕は
言う内容は夢がある大島だが、喋り方はどうにもゆるいテンションだった。
「それと、僕煙草苦手なんで勘弁してもらえませんか? 杉本さん」
へにゃっとした喋り方の割に物怖じしない大島に、美知留も調子が狂うのか有原の時のように
「じゃあ最後に残ったのは君だね」
有原が勢いよく振り返る。一人離れた円卓にいる女性は少し眠たくなるような、落ち着きのある声を出した。
「
薫は顔の高さに文庫本を持って来る。『キリマンジャロの雪』。
「これでみんな一通り自己紹介終わったね! 仲良く楽しもう! よろしくね!」
有原が荻野、大島と次々に握手をして回っていると、
「みなさん、自己紹介は終わったようですね。それではオリエンテーションを始めたいと思います」
「わっ」
しれっとつばきが戻って来ていて、にっこりと微笑むのだった。
一同が円卓に着くとつばきは
「では説明に入りたいと思います」
つばきは両手で銀の盆を持っており、その上にはガラス製の駒が並んだチェスセットが載っている。つばきはそれを器用に片手で、全く駒を落とすことなくテーブルに移す。
「今回集まっていただいたのは本館の主人の意向で皆様にあるゲームをしていただく為ですが」
つばきは盤の上から次々と駒を円卓へ円形に並べていく。青のナイト、透明のルーク、青のビショップ、透明のポーン二つ、透明のナイト。
そこまで並べてつばきは一旦手を止める。
「そのゲームって言うのは?」
有原が促すと、つばきはにっこり微笑みかけて透明のキングを取る。
「皆様の中に……」
ゆっくり持ち上げ、そして
「皆様の中に、幽霊がいます」
カン! と駒のサークルの中心に力強く立てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます