一.雀とアイスティーとフォンダンショコラ

 これだけ日差しが強いと今日が『日』曜日ということにすら怒りが湧いてくる。


「あ、嘘ですすいません。私から日曜日を取り上げないで下さい」


誰も何も言ってやいないしそもそも聞いてすらいないのに言い訳を述べる桃子。まぁお天道様が見てる、と言うし。


ここの家主ならバッチリ聞いてそうだし。


桃子は紡ハウスの前に来ている。

則本珠姫ちゃん失踪事件以来、桃子はすっかり紡に心酔してここに通っているのだ。おそらくこういう手合いが霊感詐欺にどハマりする。

「本名を知られることは支配権を譲渡するも同じ」などと言われていたが、こうも虜になっているのでは案外当たっているのかも知れない。

吸血鬼城みたいな塀の門は開けっ放しなので桃子は建物のインターホンへ歩を進める。そしてボタンを押そうとしたその時、


「バルコニーにいるよ。物干しに周って縁側から上がりな」

「わっ!」


声がした方を見ると雀が一羽地面を突いているばかり。


「今のは貴方ですか?」

「チチッ!」


桃子が話し掛けると雀は逃げるように飛び去ってしまった。目で追っていると雀は物干しの方へ。そちらへ追って行くと雀は高度を上げてバルコニーの手摺りに止まった。するとその横にニュッと、ヒラヒラ招く白い腕。


「よくもまぁこの暑いのに、直射日光の当たる所に……」


桃子は開け放たれた縁側で靴を脱いだ。






「縁側が洋風にも和風にもあるので洋風建築の方から上がりましたけど、よかったですか?」

「どっちでもいいよ。まぁ今後は邸宅と言ったら洋風、屋敷と言ったら和風ってことで。紡邸、紡屋敷みたいな。どっちでもいいけど」


桃子が紡邸バルコニーへ上がると紡は椅子に座って雀と戯れていた。袖の無い縦縞のシャツにキュロットパンツの肌色が多い出で立ちだ。同性の桃子でも少し目のやり場に困る。いっそ水着の方が気にならないこの現象は何という名前なのだろう。

テーブルには一応日光対策にパラソルが差されており、お茶の用意がある。

暑いのは暑いが、光景だけは涼し気。


「はぁ。それよりあちこち開けっ放しで、ちょっと不用心じゃありませんかねぇ」

「そうかもね」

「女性の一人暮らしなんですから」

「何かあったら桃子ちゃん……は期待出来そうにないか」

「なんですと!? 本官剣道四段でありますが!?」

「ま、それよりお茶にしようじゃないか。ねぇ」

「そうしましょうそうしましょう」


お皿の上には台形の茶色い生地とフォーク。


「今日のおやつはチョコのカップケーキですか」

「そんなたぐいかな」


紡が生地の端を少し千切って雀に渡すと、


「チチッ」


雀は何処かへ行ってしまった。


「鶏以外も喋るんですね。しかし、インターホンがあるんだからわざわざ雀使わなくても」

「バルコニーにいるのにインターホンがある一階まで降りなきゃ行けなくなるじゃん」

「初めて来た時は動物なんか使わなかったじゃないですか」

「あの時は手頃な子が近くにいなかったし、そもそも初見の人には一般的な対応するでしょ普通」

「初見の人にミル・クレープがどうたらとか言い出した人とは思えません」

「そういうことは、言いっこなし」


紡は桃子のカップに紅茶を注いだ。湯気がふわりと立つ。


「熱そう。この気温なんで、アイスティーになりませんかね?」

「暑い中熱いお茶を飲むのが日本のびなんでしょ?」

「その顔立ちと紅茶で言われましても。なんなら私はクーラー効いたお部屋に入りたいんですが」

「現代っ子だなぁ」

「一つしか歳変わらないんでしょ、紡さんも」

「アイスティー用に淹れてないから、氷で薄くなっちゃうよ?」

「結構です」

「そ」


紡がパンパンと手を叩くと、ややあってバルコニーのドア向こうからことり、と音がした。紡がドアを開けると、そこには氷満載のアイスペールとロンググラスが置かれていた。


「え、ちょっと待って下さい」

「はい。後は自分で注いで」


紡は備え付けのトングでグラスに氷を詰め込むと桃子に押し付ける。


「それはそうしますけどそうじゃなくて」

「じゃあなんだね」

「この家って他に誰かいるんですか?」

「誰とかはいないよ」

「嘘だ! この前のミル・クレープは無視したとしても、この氷はどう説明するんですか! 勝手に歩いて来たとでもいうんですか!?」

「さぁ? そんなことよりケーキ食べなよ」

「そんなことって!」

「この気温なら大丈夫だとは思うけど固まるかもよ?」

「固まる?」


紡は自分のケーキにフォークを入れた。すると割れ目から


「あーっ! 溶けたチョコが!」

「フォンダント・ショコラ。お好き?」

「それはもう! でもフォンダンショコラじゃないんですか? フォンダン『ト』?」

「正式名称はフォンダン・オ・ショコラ。で、フランス語にはリエゾンがあるから」

「リエゾン?」

「前の語の末尾の子音と次の語の頭の母音が」

「ギブアップです」

「早いな」

「英語は赤点でした。語学は嫌いです。そんなことよりショコラですよ」


溢れ出た液状ガナッシュを生地に塗り付けて一口。


「うぅ〜ん!」


ふわふわしっとりの生地がまったりとした甘みを纏い、口の中で贅沢にして耽美な世界を広げる。大人ぶったり健康ぶったりして甘さを控えるということのない、チョコレートの魅力満載な乙女の至福。それをチョコレートの硬い食感ではなく柔らかい生地でいただくのがよりファンシーなのだ。

そこにアイスティーをゴクリ。夏の暑さと蕩けたガナッシュで重い喉を、冷涼な液体が一気に開いてくれる。


「かーっ! 爽、快!」

「それは良かった」


そういう紡の手には、桃子とは違う色の液体が入ったロンググラスが握られている。


「おや、それは?」

「フレンチハイボール。ブランデーの炭酸割りだよ。ブランデーとチョコレートの相性は抜群。だから当然フォンダントショコラとも仲良し。それに炭酸が入るからキュッと来て夏には持って来いだね」

「そう言われると欲しくなってくるんですが」

「昼間っからお酒飲むつもり?」

「どの口が言うんですか」


ブランデーの瓶を受け取る桃子の浮気を咎めるように、アイスティーの氷がカロン、と鳴った。

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