第二話 冷や飯喰らい

序.

 室温計は四十一度、今年の夏もファッキンホット。そんなマンホールを踏んだら爆発しそうな日差しの中、一人の青年が市営住宅の鍵を開ける。


「ばあちゃん! 昼飯買ってきたぞ!」

「ありがとうねぇ。外は暑かったでしょうに」

「気にすんなって! ほら、今日は暑いし冷やし中華!」

「あら美味しそう」


青年は冷蔵庫に冷やし中華を仕舞う。


「冷えたら食おうな」






「ねぇ博次ひろつぐ


祖母は扇風機に当たる青年の背中に声を掛ける。


「何だいばあちゃん」

「爺さんが亡くなってから毎週顔出してくれるけど、無理に来なくていいんだよ?」

「無理なんかしてねぇよ。それよりばあちゃん、クーラーつけていいか?」

「冷房病になるよ」

「扇風機オンリーの方がよっぽど無理だって……。冷房病より熱中症の方が怖いんだぞ?」

「昔は冷房なんか無くてもみんな生きてたよ」

「気温が違う……、まぁいいや、ばあちゃん冷やし中華食おう。そろそろ冷えたろ」


冷やし中華を取り出しつゆをかける。一方でグラスに氷を詰めて麦茶を注ぐ。


「濃いめの麦茶に氷ドカドカ入れるのって夏の醍醐味だよなぁ!」

「お腹壊すよ」

「俺こう見えて頑丈なの」

「いただきます」

「いただきます」

「おや博次、マヨネーズなんかかけるのかい」

「これが結構イケるのよ。ばあちゃんも試してみなよ」

「年寄りはしとくよ」


細切りの具材を麺と一緒に啜り込むと楽しい。ツルツルモチモチの麺に被さってふわふわの卵やシャクシャクの胡瓜きゅうり、あるいは噛み締め甲斐のあるチャーシューがアクセントを加える。


「あー、夏じゃなくても食いてぇ」

「じゃあ冬でもばあちゃんが作ってあげようか?」

「……、ちょっと考えるわ……」


保留している内に冷やし中華は平らげられた。






 祖母が皿を洗う横で、青年はアイス片手にゴロリと横になるとテレビを点けた。


「食べてすぐ寝たら牛になるよ」

「そしたらすき焼きにしてくれー」

「まぁ!」

『今年も猛暑続きで気象庁は……』


画面には陽炎めいたスクランブル交差点。


「うえー、暑そう」


青年は思わずアイスを齧る。


「やっぱり俺、アイスは『ゴリゴリ君』が一番だと思うわ」

「よく食べるねぇ。いいことだよ」

「ばあちゃんは好きなアイスとかあるの?」

「そうさねぇ、ばあちゃんの世代は卵の形のね……」

『えー、モノマネ芸って難しいですよね。自分でやってみるのもそうですがぁ、完璧に真似れているよりもちょっと真似元の特徴的な部分を誇張してギャグに走る方が……』


テレビでは情報番組が終わり、暗闇でライトを浴びた警部補がオープニングトークをしている。


「あー、今再放送やってんだ、これ」

「懐かしいねぇ。ばあちゃんもよく見たよ」


ドラマの内容はまず犯人が明示された状態で犯行を行い、後からディテクティブがそれを解き明かし追い詰めて行く所謂倒叙ものミステリーだが、警部補が現場に現れた辺りで青年は


「……ばあちゃん、俺、ちょっと寝るわ。後で結末教えて……」

「そうかい。ゆっくりお休み」


見所を何一つ見ることなく夢を見始めた。






 ドラマはとっくのとうに終わり、時刻はもう夏でこそ明るいが冬には真っ暗な辺りまで来ている。


「博次。そろそろ起きなさい。帰らなくていいのかい? それとも晩御飯食べてくの?」

「……」

「博次。博次ったら! 明日また大学でしょ。博次、博次!」

「」

「博次!」


青年の寝息は深い。

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