二.フォンダンショコラにて人体のあらまし説きたること
結局フレンチハイボールを貰えた桃子は上機嫌でフォンダンショコラを口に運ぶ。
「それにしても、ケーキの中でチョコ溶かしてやろうなんて考えたパティシエは天才ですね!」
うまうま! と表情筋全部を使って美味しさを讃える桃子。
「人体をよく理解してるよね」
うんうん、と紡も腕を組み大きく頷いた。
「は? 人体?」
「そうとも。このフォンダントショコラは人間の身体のあるべき状態を表しているんだ」
紡がテーブルに両肘を突き、大きく前のめりになる。
「……ぇへぇ……」
桃子は曖昧な笑顔を浮かべた。また始まったよ、と言いたげな。
「さて桃子ちゃん。人間の身体で最も多くの割合を占めるのは?」
「肉!」
「それは君の食生活では?」
「どっちにしろ肉でしょ」
「正解は水分です。人体も食生活も」
「えぇ〜……」
「肉が良ければ勝手にそうしなさい。ミイラになることだろう」
「そんなに血液多いですか?」
「血液だけじゃないよ。他の胃液なんかから液状じゃないけど含まれているものまで、人体は私達成人女性で言うと約五十五パーセントが水分で出来ている」
「チャプチャプですね」
桃子はグラスのフレンチハイボールを揺らした。
「そういうわけで、中に液状のものがたっぷり入っているフォンダントショコラはまさに人体と言える。本当は循環してれば完璧だけど。そして重要なのが……」
「ま、待って下さい」
桃子は手で紡を制した。
「何さ、ここからがイイ所なのに」
「私はそのありがた〜いお話を聞きに来たわけではないのです」
「じゃあ何? ケーキ
「貴方に愛を伝えたくて……」
「あっそ」
「冷たい! 冗談、ではないのですが今日はそうではなく、相談に来たのです」
「ほう、相談」
紡は背もたれにもたれ掛かるとフレンチハイボールで喉を湿らせた。
「聞こうか」
「私がよくお話しする青木のおばあちゃんがですね」
「勤務中に?」
「町のおばあちゃん達は勤務中にこそ話し掛けてくるもんです」
その日も私はいつものように交番で暇……いえ、待機していたのです。
するといやに
「おばあちゃん、元気無いですか?」
「桃子ちゃん……」
青木のおばあちゃん、実はこの前旦那さんを亡くしたんですが、それでも平日はよく私や近所のマダムと楽しくおしゃべりして過ごすほどで、全然落ち込んだ態度を出さない人なんです。
それがその日は目に見えてしょんぼりでした。
「実は孫の博次がね……」
「お孫さん」
「寝たきりで入院しちゃって」
「え!?」
「事故にでもあったの?」
紡は二杯目のフレンチハイボールを作る。
「いえ、それがそうでもないんですよ。なんだか不思議なもんで、おばあちゃんが言うには……」
桃子はおずおずと自分のグラスを紡に差し出した。
「お茶です。どうぞ」
「ありがとうねぇ」
青木のおばあちゃんはお茶を飲むとゆっくり語り出しました。
「身体が動かせないとかじゃなくて、本当にただ眠ったきりになってしまったの。何時間寝かせても、呼んでも揺すっても叩いても起きないの。ずっとすやすや寝息を立てたまま。家じゃ冷房を使わないから熱中症だと思ってお医者様に連れて行ったんだけど……」
「だけど?」
桃子はフォンダンショコラを口に入れる。呑気に美味しそうな顔を浮かべてから飲み込むと、ようやく続きを話した。
「お医者さんも『全く異常が見られない。ただ眠っているだけだ』と。病気の類ではないようなのです」
「ふぅん。今時冷房を使わないとはチャレンジャーだね」
「そこですか。とにかく脳にも内臓の何処にも異常無し。至って健康なサッカー部所属の二十歳だそうです」
「不思議だね」
「つまり現代医学ではお手上げな状態なんですよ」
「どうしてその話を私に?」
紡がフォンダンショコラにフォークを入れると、桃子はヘラヘラ手を揉み始めた。
「そのー、ですね? この前の珠姫ちゃんの件みたいに、紡さんの力で解決しちゃったりしないかなぁ〜、なぁんて」
桃子がチラッと上目遣いで紡を見ると、彼女は特に嫌ではないが桃子の媚びも効いてはいないと言うような顔で紅茶を飲んでいる。フレンチハイボールばかり飲むので、湯気の立たなくなった紅茶が余ってしまっているのだ。
「どうでしょう」
「いいよ」
「本当ですか!?」
「もちろんだとも。それが収入だからね」
「えっ」
「えっ、て何」
桃子が声を漏らすと紡は鋭く聞き咎めた。
「……お金取るんです?」
「そういう職業です」
「年金暮らしのおばあちゃんに法外な値段吹っ掛けたりしませんよね?」
「客が年金暮らしだからフルコースを二十円で振る舞うシェフっているのかなぁ」
「わ、私の紹介ですし!」
「紹介者として責任持って連帯保証人になると。感心感心。内臓は健康なんだろうね?」
「ひぃっ! そんなに高くつくんですか!?」
「さぁ?」
桃子が腕をクロスして自身を抱き締めると、紡は急に投げやりになった。
「さぁって……」
「どれぐらいのことをしなければならないのか、それは私にとってどれだけの重さのワークになるのか。そういうことを総合的に判断して見積もらないとね」
「えぇ……」
「何さ」
桃子は不満げに呟いた。
「だって、陰陽師のくせに見積もりとかリアル寄りだなぁ、って」
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