急.

 夜。紡邸リビングのテーブルの上で鍋がぐつぐつと煮えている。お待ちかねの軍鶏鍋である。その取り皿の横には昼間の残った焼き軍鶏も置いてある。






 あれから桃子達は病院で再会した。幸穂達の元へ戻った、のではなく、石川家の前で倒れていた紡が地元住民の通報で搬送されていたからだ。


「いやー、参った参った。身体に戻ったら既に救急車の中でね」

「生き霊飛ばすのも大変なんですね」

「逆に大変じゃないと思うんですか?」

「ということは、毎度鶏やら蝉やらで話し掛けてくる時も卒倒してるんですか?」

「いや? あれは取り憑いてるんじゃなくて伝言を頼んでるだけだから平気。直接車で会いに行くのと郵便でボイスメモ届けてもらうくらい違うよ」


そもそも生き霊になって取り憑くのだって、お祓いの為に全リソースをそっちにくなんてしなきゃ倒れやしないんだけどね。紡はヘラヘラ付け足した。

 その後結局貧血ということで解放された紡達は、幸穂達に全て終わったことを告げてやっとこ帰宅したのである。






「煮えた! いただきまーす!」


尾形光琳おがたこうりん燕子花図屏風かきつばたずびょうぶの浴衣に着替えた紡が袖を捲って軍鶏を狙う。桃子は私服のままだが、つばきはいつの間にか雪舟せっしゅう秋冬山水図しゅうとうさんすいずの浴衣姿。


「紡さんお肉ばっかり取らないで下さい!」

「あは」

「つばきちゃんも春菊ばっかり取らない! なんで二人ともそうやって環境破壊するんですか!」

「ほら桃子ちゃんには白滝あげるよ白滝」

「わぁい♡」


 しばらく食べ進めて人心地ついた所で、桃子の質問タイムが始まる。


「しかし神様……、そもそもあれは神様だったんですか?」


紡はグラスの赤ワインを揺らす。


「紛れも無く土地の物主ものぬしの一人だよ。まぁ京都は街も物主も細かく区画整理されてるからいっぱいいるけど」

「神様が襲って来たのですっかり忘れてましたけど、いつの間にこっくりさんまで解決したんです? 病室の子とかお祓いしてませんよね?」

「何言ってんの。それは繁華街で収めたじゃん」

「はい?」


理解出来ないという表情の桃子の皿に、つばきが椎茸ばかり放り込む。


「彼女達がこっくりさんで呼び出した霊があの物主だよ。あの後光は守ってたんじゃなくて取り憑いてたんだね」

「え!? え!?」


桃子が思わず立ち上がるも、つばきに「お行儀!」と言われて大人しく椅子に座った。


「でも紡さん、こっくりさんは低級霊だって言ってたじゃないですか! 土地の神様なんか呼び出せるものじゃないでしょう!」

「そうだね。こっくりさんに神様を呼び出すような力は無いよ。でも桃子ちゃん、考えてみて。君がお金持ちだとしよう」

「はい?」


紡が語りに、桃子が聞くのに集中している隙に、つばきが一人でどんどん鍋を食べている。


「君は高級フレンチにも行けるほどのお金がある」

「素敵ですねぇ」

「でもそれで絶対高級店しか行かないって断言出来る?」

「は?」

「たまにハンバーガー屋に寄ったりはしないって断言出来る?」

「いやいや、それは」

「そんなことないよね。芸能人だってチェーン店でご飯食べたりするし。そういうこと。ハンバーガーチェーンにスティーブ・ジョブスを呼ぶブランド力は無くてもジョブス側がふらっと寄りたくなることはあるように、こっくりさんに神を呼び出す効力は無くても神側が気紛れで混ざってくることがある」

「なるほど……?」

「ただ、そうなるともう軍鶏と一緒だよね」


紡はグラスの中の赤ワインを干した。


「『人間が決めたルールに従うのは人間だけ』……」

「そう。『呪』の力に逆らえない低級霊ならいざ知らず、神ともなるとこっくりさんのやり方なんかで帰らない」


紡が新たにワインを注ぐと、ちょうどボトルが空になった。


「だから帰そうとしたら十円玉が動かなくなったんですね」

「不幸中の幸いはあれが土地の物主だったことかな。土地の神様だから地鎮祭の祝詞のりとで鎮まってくれた」

「そうですか……。そもそも何であの神様は荒れてたんですか?」

「遊びだったんじゃない?」

「遊び!? あれで!?」

「そりゃ人間と神様でジョークの規模は違うでしょ。あれ? ほとんど残ってない。次の具入れようか」


紡が次の鍋をこしらえる。


「殺されかけてジョークだなんて……」

「ジョークだと思うよぉ。供物くもつも無いのに祝詞だけの地鎮祭であっさり引き下がってくれたし。第一言うほど悪意が無いから初見でアレが悪さしてると気付けなかった。ルールには従わないくせに、人間が『期待』してるこっくりさんの祟りには悪ノリしてくれたんだ」

「えぇ……」

「昼にも言ったけど、触らぬ神に祟り無し、ってね。まぁいいでしょ何でも。過ぎたことだし。それよりもさ」

「ぎょえっ! なんか私の皿で椎茸が繁殖してる!?」

「聞いてる?」

「聞いてますよ」

「シメどうする? うどんか雑炊か」

「雑炊ですね!」

「うどんでしょう」

「ん?」

「ん?」


雑炊派桃子とうどん派つばきが声を上げたのはほぼ同時だった。


「いや、雑炊に決まってるでしょ?」

「うどんしかあり得ないんだが?」

「雑炊の方が美味しいですーっ! 卵で綴じますーっ!」

「うどんにしますーっ! うどんが食べたいですーっ!」

「雑炊雑炊雑炊!」

「うどんうどんうどん!」

「ぐぬぬぬぬ……!」

「ふぐぐぐぐ……!」


両者一歩も譲る気が無い。紡は呆れた声を出す。


「仲良くしなさいな」

「ダメです!」

「譲れません!」

「キィーッ!」

「ピィーッ!」

「うわぁメンドくさ……」


遂に奇声合戦になった論争を横目に、紡は背もたれに沈んで天井を仰いだ。


「はぁ……、『こっくりさんこっくりさん、シメはうどんと雑炊、どちらにするべきですか?』なぁんて……」

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