十二.男達と謀議

 そこは夜の茶室だった。蝋燭がゆらゆら揺れ、それがその場の心理の総意であるかのように、険しい顔の勘解由、大城、兄上様である左之助が胡座あぐらで詰めている。そろそろ冬が近いこの頃で、暖を取る為に火を付けた囲炉裏の炭がパチパチと鳴る。

狭い茶室で桃子達が入れるスペースはほぼ無かったが、


「どうせから気にしなくていいよ」


と紡が横に押すので桃子は今大城と左足が合体している。その大城がずいっと前に出た。


「どういうことなのだ。説明せよ」


しかし左之助は腕を組み目を閉じたまま何も言わない。大城は声を荒げた。


「左之助ェ!!」

「大城様」


勘解由は大城を宥める。強硬な態度に出ている左之助に強く当たっても、成果は出ないと踏んだのだろう。彼は逆に、一枚ずつ剥がすような作戦に出る。


「左之助」

「……」

「私達は一緒に江戸へ出て、多くの時間を費やし一心不乱に学び鍛えたじゃないか。それもこれも二人、道場の下宿で最初の晩に誓った『将来二人で藩を盛り立てていく』夢の為じゃないか。それをどうして君が、丸蔵人なんかとつるんでひっくり返そうとするんだい」

「むしろその夢の為だ!」


左之助はカッと目を見開いた。


「勘解由! お前こそ学んだではないか! 最先端の蘭学から海の向こう、や合衆国列強の目覚ましい技術発展まで! 我が藩が、我が国がこれに追い付くには改革が必要なのだ! そうしなければいつか奴原やつばらが日の本に大挙して来た時、この国は何も太刀打ち出来んぞ!」

「それは、そうかも知れない」

「知れないではなくそうなのだ! そしてその革命をするには、今の殿では時代に追い付かん! しかしいつ奴らが来るか、一刻の猶予も無い! であれば最早、主君が変わるしかないのだ!」


勘解由は腕を組む。共に学んだだけあって、左之助の言い分がよく分かるのだ。桃子は分からないので聞いてみる。


「実際どうなんです?」

「この時代が享和きょうわらしい」

「江戸幕府は共和制でしたか」

「ペリーが来るのは大体五十年後ですね。幕末には少し早いくらいです」

「へぇ〜」

「彼も、時代が少し早かったタイプの秀才だね」


桃子の日本史二限目が終わる頃、勘解由はゆっくり口を開いた。


「だけど、今回の企みは見過ごせない」

「殿を害するからか」

「当たり前だ! それに君、丸蔵人と組んでいるんだろう!?」

「それがなんだ!」


勘解由は左之助の両肩を掴む。


「分からないのか! 御家老が今の殿を排しようなんてあってはならない! あまつさえ五つの雪千代君を後継者に推すなんて、そんなもの傀儡かいらい政権を狙っているだけに決まっているじゃないか! それだけ明晰な頭脳をもってして、どうしてそんな足元が見えない!」

「くっ……!」


大城も左之助の側に寄る。


「のぅ左之助。もう分かっておろう。そもそもこうして呼び出されておる時点で、お主らの企みは全て割れておるのだ。わしらは近い内に丸一派の全てを調べ上げ、殿にお伝えする運びだ。今の内に手を引け。今ならまだ間に合う」

「左之助。いつの時代もいては事を仕損じる。改革もしかり、さ。そんな暴挙に走らず、ゆっくり進めて行けばいい。いや、それしかない」


ここまで来ると、左之助も頷くしかなかった。


「よしよし、賢いぞ」

「それでこそ我がせがれぞ」


二人して左之助の肩をバンバン叩くと勘解由は、


「大城様、少し一人にしてやりましょう」


大城を促して茶室を出た。






 廊下を少し歩き、茶室からも離れ、周囲に誰もいないことを確認すると、勘解由は不意に大城の方を振り返った。


「大城様」

「む……。な、なんだ」


大城は思わず面食らった。いつもの柔和な勘解由とは違う、力と影がある人相の男がそこに立っているから。


「これからは時間との勝負です。いち早く丸一派をからめ取り、事を治めましょう。過程で誰かが左之助のことを口に出したら危ない」

「う、うむ」

「となれば、です。殿の御前で裁きの評定ひょうじょうをするのも生ぬるい。……即座に粛清して口を封じるしかありません」


今の勘解由は触れたら雷がほとばしるのではないかと錯覚するほどのオーラだった。

桃子達が共有している記憶の中では、それから一週間としない内に丸蔵人とそのシンパは女子供一人残さず粛清されたとされている。






 それから数日後の場面のようだ。勘解由ははやてとの祝言の段取りの為に、非番になれば大城家に顔を出しているらしい。


「どうだい? ずっと風車を作って待っていたんだろう? 出来は?」

「それが、いくつ作っても上達しなくて……。いつまで経ってもしっかり回らないものばかり……」

「ちょっと作ったのを見せてごらん」


縁側でイチャイチャする二人。さっきまでの緊張から解き放たれたのもあって桃子は、


「へん! いー御身分ですねぇ!」

「情緒の変化が速いな……」

「余韻とか無い人なんですよ、きっと」


「あー、こういうのは構造を理解しないと、ちゃんとしたものは作れないよ? 私が作ったのを持って来て」

「はい」

「ほら、見てみなよ。分解すると、この車軸のところに……」

「あっ! ダメっ! 勘解由様がくれた風車を壊すなんて!」

「……道理でいつまで経っても構造を理解しなかったわけだ」


すると玄関の方で


「お帰りなさいませ」


と女中達の声がする。


「あ、父上様が帰って来られたわ。お出迎えに行かないと」

「よし。私も行こう」


そうして二人して大城を迎えに行くと、彼は目に見えて真っ青な顔をしている。


「どうしたのですか、父上様」

「エラいことになった……」

「というのは」

「二人ともちょっと来なさい」


大城は二人と妻だけを奥の間へ入れると、力無く脇息きょうそくにもたれ掛かった。


「今日殿に呼び出されたのだがな……」


彼は苦しそうに襟元をくつろげると、声を一段落とした。


「左之助のことがバレたやも知れん……」

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