十三.運命と使命

「なんと!?」

「桃子ちゃんうるさい」

「ぶわっ」


桃子は紡にノールックで、口元ではなく雑に顔面を抑えられた。

大城によるとこういうことらしい……。






おもてを上げよ」


ここは城内の殿がおわす間。響いた声は大城が思った以上に重い。彼が当惑しながら顔を上げると、やはり殿の表情は重かった。


「このたびの丸一派の件であるが」

「は、ははっ!」


殿は大城を睨み付けるようにして身を乗り出す。


「単刀直入に聞こう。お主かその身内に、丸一派と関わりがあった者がおるのではないか?」

「な、なんと!?」


殿は閉じた扇で掌を叩いている。


はかりごとの密儀があった夜更けに丸の屋敷を訪ね、その後お主の屋敷に帰って行った者を見たという報せが入っておる」

「そ、そんなまさか……?」

「お主のことは信じておったのだが。それと、丸蔵人に組みしておった者がどうなったか、いや、お主がどうしたか、忘れたわけではあるまいな?」

「はっ、ははーっ!」






「ということがあったのだ……」

「なんという……」


一同は呆然と固まってしまった。桃子も。


「もう全て露見するのも時間の問題だ……。跡取りの左之助が丸一派だったと分かったら、わしらはもう……」


どうしようもない空気に桃子は逃げ出そうと思ったが、


「あっ、あれっ?」

「何してるの」


ここは記憶の世界。襖はうんともすんとも言わなかった。


「勘解由様……」

「……」


はやてのか細い声が響く。彼女が不安に満ちた瞳を向けると、勘解由はそっと手を握った。そしてしばし目を閉じ、鼻から大きく息を吸うと、



「……大丈夫。私がなんとかするよ」



力強く言い切った。


「おお!」


思わず桃子もガッツポーズ!


「勘解由様っ!」


思わずはやてが勘解由に飛び付いたところで、視界がぐにゃりと波を打つ。






 それから数日経ったある日のこと。開け放たれた障子の向こうにすっかり紅葉を終えて茂りも寂しくなった庭の木が見える部屋で、はやては風車を作っていた。


「うーん、やっぱり勘解由様の風車、一つくらいバラしてみようかしら? 夫婦めおとになれば一緒にいられるし、一つくらい……」


そこにドタドタと誰か走って来る。もう! 廊下を走るだなんて教育がなってないわね! はやてがいつかの自分を忘れて相手を叱ってやろうと身構えていると、女中が襖を開けるや否や座礼もせず文字通り転がり込んできた。


「なんですかその有り様は!」


はやてが叱るも女中はそれに応えず、息切れのままなんとか絞り出した。


「はっ、はやて様……! 加治屋様がっ……!」

「勘解由様がどうかなさったのですか?」


女中は息が上がってそれ以上何も言えない。嫌な予感がしたはやては勘解由の屋敷まで走った。






 そこではやてが目にした光景は、全く予想だにしない最悪のものだった。



無数の甲冑武者達が勘解由の屋敷を取り囲んでいる。



「な、何? どういうこと?」


はやては理解出来ないまま周囲を見渡し、そこでまさに陣頭指揮を取っている馬上の父を見付けた。はやては集団の中に分け入る。


「とっ、通して下さい! 大城石見守いわみのかみの娘ですっ! 父の元へ通して下さい!」


そうしてはやてが父の元へ着いたのと、屋敷から高手小手にいましめられた勘解由が出て来るのは同時だった。


「勘解由様っ!」


はやてが悲鳴を上げて駆け寄ろうとすると、


「近寄るなっ!」


大城が指揮棒をはやての前に差し出す。


「父上様っ! これはどういうことなのですか!?」


大城は馬上の足元に縋り付くはやての方を見ず、静かに呟いた。


「後で教えてやるから、今は大人しくしておくのだ」


その間にも勘解由は、馬の背に後ろ向きで座らされ、お城の方へ連れられて行く。


「勘解由様っ! 勘解由様ぁっ!!」


はやての声に気付いた勘解由はこちらを向いて、少しだけ笑った。


「勘解由様っ!」


駆け寄ろうとするはやてを大城が奥襟を掴んで止める内、彼の姿は遠く見えなくなった。






 その夜、大城は自室にはやてを呼ぶと、全てを説明してくれた。


「いいか。あれは勘解由本人が言い出したことなのだ……」






 大城が殿に呼び出された晩、勘解由は大城と左之助を呼び、いつかの茶室でこう切り出した。


「丸蔵人の屋敷を訪れていたのは私ということにして殿にお伝え下さい」

「何ぃ!?」

「勘解由! どういうことだ!? お前俺を庇うつもりか!?」

「左之助、君も少しは庇ってやるよ」

「どういうことだ! 説明してくれ!」


ゆらゆら揺れる蝋燭が、勘解由の顔を怪しく照らす。


「大城家の者が丸一派だったと分かれば、その末路は連中が辿ったのとそっくりそのままです。左之助、君だけじゃない、父上も母上もはやても奥方も、下手したら奥方の一族も、みんな首を刎ねられてしまうかも知れない」

「う……」

「でも私なら違う。一家は流行病で壊滅、嫁御もまだいない。腹を切るか首を切られるかするのは一人だけで済む」

「! 勘解由!」

「大城家を庇って死ぬ気か!」

「はい。元より身寄りを失くしたところを大城家に拾ってもらった命、ここが御奉公のしどころでしょう」


勘解由は薄く笑った。極まった者の悲しみと奇妙な喜びが混ざった笑みだ。


「勘解由! お前は藩の柱石ちゅうせきとなるべき男だ! このようなことで……」

「左之助! だからこそ私が一人死ぬのと、私と同じだけの頭脳を持つ君と家老亡き今藩を背負う大城家が纏めていなくなるのでは、どちらが藩の未来に差し障るか分かるだろう!」

「……っ!」


左之助は膝の上で強く拳を握り締めると、それをゆっくり開き顔を上げた。


「勘解由、そうは言うがお前、本心は……」

「左之助」


勘解由は左之助を制するように芯が通った声を出した。


「……いい婿殿を見付けてやるまで、私の墓には来るなよ」






「ひどい! そのような話がありますか!」


はやては涙をボロボロ零して絶叫した。


「しかし勘解由の意志なのだ」

「そうだとしてもです!」


はやては勢い良く立ち上がった。


「何処へ行くのだ」

「勘解由様に会って来ます! それから殿に……」

「ならん! 我々は元より勘解由と誼みがあった! それゆえこれからは一切関わらんことで殿にみそぎを示さねばならんのだ!」

「またそのようなことを!」

「聞き分けんか!」


大城は障子を開けて廊下に顔を出した。


「誰ぞあるか!」

「はっ」


すぐに家来の者が現れる。


「はやてを部屋に閉じ込めて見張っておれ! 勘解由の沙汰さたが終わるまで、決して出してはならん!」

「はっ」

「父上様!!」


こうして思い虚しくはやては部屋に押し込められ、そのまま勘解由に会うこと叶わないまま、


彼が斬首される日が決まった。

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