十四.風車
勘解由が斬首される日。はやては生気の無い顔で部屋の真ん中に倒れ伏している。周りにはいくつもいくつも、彼女が一心不乱に作った風車が散らばっている。
死んでいるわけではない。が、それとさして変わらない。今は風車を作る気力も無くなり、散らばっているのと違って大切に箱へ入れられた、勘解由が作った風車を抱き締めるばかりである。
「最後に、一目、お会いしとう、ございます……」
はやてはさっきから、蚊の鳴くような声でそう繰り返すばかりだ。それを見兼ねたのだろう、襖の向こうから声がする。見張り当番の家来の声だ。
「なぁ
「なんだ
「勘解由様、切腹もさせてもらえんとは、結構なことだよなぁ」
「そうさなぁ。殿も相当お怒りだなぁ」
「それはそうと、俺らの見張りは勘解由様の沙汰が終わるまでだよな?」
「そうだな」
「沙汰ってぇとお裁きだろ? 切腹じゃなくて打首獄門って決まったんなら、沙汰はもう終わったのと違うか?」
「そうか。そりゃそうだな。じゃあもう」
「やめやめ! 今日はもう終わろうや!」
「そうしよう!」
彼らは演技掛かった会話を終えると、わざわざ大きな足音を立てて何処かへ行ってしまった。
はやてはガバッと起き上がる。彼女は床に落ちている風車を一つ拾い上げると、一気に部屋を、屋敷を飛び出した。
「刻限だ。準備は良いか」
「お願いします」
牢で静かに読経していた死装束の勘解由は、獄卒に連れ出されて久し振りの太陽を拝んだ。
「んっ、眩しい。いい天気ですね」
「最後の秋晴れであろう」
勘解由は後ろ向きに馬へ乗せられて、河原に続く道を進み始めた。
処刑場に続く道には、多くの人が左右に詰め掛けている。ざわざわと皆、何かを言っているが勘解由には聞き取れないし必要も無い。
勘解由は最後になる景色をとにかく瞳に焼き付けようと、熱心にあちこちへ目を凝らした。すると、ふと沿道に見知った顔を見付けたような気がして、
「ん?」
そちらに意識を集中すると、人だかりの中から突き出された手が見えた。それには一つ、風車が握られている。
「おや、あれはもしかして」
するとその人物は人混みを掻き分けて一気に道へ飛び出した。
「あぁ、やっぱり君か」
それは紛れもないはやてである。彼女はどよめく群衆を気にせず走り出した。
「勘解由様っ! 行かないで勘解由様っ!」
「来てはいけないよ」
「もう夫婦になんて贅沢も言いません! だから! せめて生きて下さい! 勘解由様っ!」
しかし勘解由は何も言わない。優しく微笑んでいるだけだ。
「勘解由様っ! ほらっ! 風車! 私、まだ上手に作れなくて! 勘解由様にちゃんと教えてもらわないとっ!」
風車を掲げて走るはやて。それによって生じた風を受けた羽がカラカラッと。
「なんだ。しっかり綺麗に回っているじゃないか。はっはっはっはっ! 上手だよ、はやて!」
「そんなっ!? 違っ! きゃっ!?」
ずっと部屋に押し込められていたのだ、急に上手くは走れないに決まっている。はやての足は
「あっ……、待って、待って……!」
ここに来るまでに立ち上がる気力も使い果たした彼女は、ただ遠くなって行く姿に手を伸ばすしかなかった。
流石に処刑されるところまで見てはいられない。はやては落とした風車も拾えずトボトボ部屋に帰ると、勘解由の風車が入った箱を抱き締めて庭に出る。しかし足元が覚束無い。縁側から降りる時に足を滑らせて箱を落とし、中身を地面にぶち撒けた。
「うっ、ううっ、うっ……」
涙がボロボロ溢れるが、せっかくの風車をこんなままにしておけない。はやては一つ一つ拾い上げると箱に仕舞おうとしたが、思い直して一つずつ地面に刺して立て始めた。桃子は手伝おうと一歩踏み出したが、自分は触れないことを思い出して立ち止まる。
ようやくはやてが全て立て終わった頃、ざぁっと風が吹き抜けた。
風車が一斉にカラカラと、カラカラと。
「いい風ですね」
「そうだな」
処刑人が頷く。勘解由は河原に敷かれた畳の上に正座している。この一枚が彼の功績に対するせめてもの報いだった。
「そろそろ刻限だ。準備はいいな」
立ち合い人がその場の全員に、順番に確認を取る。最後に目が合った勘解由も静かに頷いた。
「ではこれより、悪逆の
立ち合い人は勘解由の前に屈み込む。
「沿道にいた者がこんな物を拾ってな。是非お前に届けるように、と」
「これは……」
立ち合い人が差し出したのは風車だった。彼は風車を勘解由の懐に入れた。
「ありがとう」
「いや、なに……」
立ち合い人はこの
「辞世を詠まれよ」
「そうさなぁ」
記録係が聞き漏らすまいと身を乗り出し、処刑人は抜き身の刀身に柄杓で水を掛ける。
そんな全ての現実から一人浮いているかのように泰然自若、勘解由はさぁっと風に吹かれて空を見上げた。
愛しい顔が透けて見えるような、青い空。
「風車 止まれどいつか 巡る風に
カラララララ、ラ……。風が止み、庭に並べられた勘解由の風車が動きを止めた。
「勘解由様?」
はやては震える手で風車を一本抜き取り、胸にギュッと抱き締めた。
「勘解由様っ! 勘解由様っ! 勘解由様ぁぁぁ!!」
響き渡る悲鳴にも、風車が回ることはなかった。
桃子がうっすら目を開けると、そこは元の和室だった。お香の煙は尽きているが、他のみんなはまだ眠ったままのようだ。彼女はソファの方に目を遣る。
姫子と武は依然眠ったまま、ぎゅっと風車とお互いの手を握り締めている。目から一筋の涙を流しながら。
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