急.

 その後目が覚めた姫子と武は、何も覚えていないようだった。二人はそのまま仲良く手を繋ぎ、お互いの風車を楽しそうに見せ合いながら帰って行った。桃子達は門前に出てその背中をずっと見送った。桃子は家まで送ろうとしたが彼女らは二人だけで帰りたがったので、三人はその意を汲むことにした。


「今度は幸せになるといいですね……」

「そうですね」

「なるさ。きっと」


三人がたっぷりしみじみしたところで、桃子はあることに思い至る。


「あれ? 結局姫子ちゃんが乱暴になった原因って?」


紡は遠い目で空を見上げる。


「前世ではああして守ってもらえたから、今世では自分が守ろうとしているんだよ。何があっても」


紡は一拍置いて、こう付け足した。



「思いは時空を越えるってことさ」



「思いは、時空を、越える……?」



瞬間、桃子の頭の中でカシャーンとガラスが割れるような音が響いた。


「うっ」

『どうしたの?』


紡の声が遠い。頭が割れるように痛い。目の前が暗くなる。それと同時になんだか知らない思い出が湧き上がって……


「桃子ちゃん?」

「はっ」


紡に揺さぶられて、桃子はようやく気を取り戻した。


「どうしたの急に?」

「あっ、いえ……。『思いは時空を越える』って聞いたら急に……」

「そう」

「あは。前世の悪逆非道な行いでも思い出しましたか?」

「なんと! ひっ!?」

「なんですか」

「すいません、なんでもないです」


どれだけ頭が痛いのか、桃子は一瞬つばきを凍り付くような無表情と見間違えて思わず声が出た。頭痛薬でも飲んだ方がいいかも知れない。

紡はそれを見て軽く息を吐く。


「まぁ平気ならいいけど。この後の勤務もあるわけだし」

「あえ?」


紡は腕時計を見る。


「あえじゃないよ。まだ君の勤務時間中だよ? 早く交番戻らないと。暢気に昼寝なんかしてていい御身分じゃないでしょう」

「ええっ!? 急にそんな!?」

「ほらほら、早く交番にGO!」


紡は桃子の背中を押した。


「そ、そんなぁ〜! 今日くらい休ませて下さいよぉ〜! あんな壮大な他人ひとの前世見たんですから〜! 私もう疲れましたよぉ〜!」


ゴネる桃子の腕につばきがギュッと抱き付いた。


「仕方ありませんねぇ。一人が寂しいなら私もついてってあげますよ?」

「いや、嬉しいですけどそういう問題ではなく……」


紡も桃子の肩に手を置く。


「仕方無いな、今世で縁が深い人は前世でも縁が深かった人。その誼みで私もついてってあげよう」

「は、はぁ……」


そうして変なノリとテンションで交番に向かう一行だが、紡邸前の囲まれた路地みたいな敷地を抜けたところで、桃子はポンと手を打った。


「そうだ、私が聞きたかったのはそういうことじゃないんですよ」

「何が?」

「姫子ちゃんが乱暴になった原因ですよ!」

「いい話でしたねぇ〜」

「そうじゃなくてですね!」

「何さ」

「結局姫子ちゃんの暴力はどうやったら治るんですか?」


紡はピクッとすると、空を見上げて顔を下ろさない。桃子がつばきの方を振り返ると、彼女も露骨に桃子へ後頭部を向けた。


「あ、あの?」

「……」

「……」

「あのー……」

「……わけないじゃん」

「えっ?」


紡はこちらに目を合わせないまま呟く。


「私にどうにか出来るわけないじゃん」

「はぁーっ!?」


桃子が抗議の声を上げると、紡はグルリとこちらを振り返った。


「はぁとは何さ! 幽霊に取り憑かれてるでも武くんが何かしてるでもなし! もう私の領分じゃないでしょう! 教育関係者に頼め!」

「無責任な!」

「むしろ無責任に教育分野へ手を出さないんだから私は紳士だ! あんまり文句言うと、請求書の桁一個増やすよ!」

「け、結局私に請求書来るんですか!?」

「当たり前だろうが!」

「か、勘弁して下さいよぉ〜!」


桃子が縋り付こうとすると、紡はそれをと交わした。


「さぁ! せっかくだから誰が最初に交番に着くか、駆けっこしようか!」

「何がせっかくなんですか! それよりお値段の交渉に応じて下さい!」

なこった!」


紡は逃げるように駆け出した。桃子も急いで追い掛ける。


「待って下さ〜い!!」

「はっはっはっはっ!」


ガタガタ大騒ぎしながら駆けて行く二人の背中を眺めながら、つばきはと小馬鹿にするように笑った。


「あの二人、前世でもあんなことしてたのかな?」

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