第二十一話 真実なんてね

序.

 夜中の二時のことである。あるアパートの寝室。母親と高校生の娘が布団をくっ付けて寝ている。高校生にもなって親と並んで、と言われると親離れ出来ていない娘のように聞こえるが実際はそうではなく、思わずこうなってしまうような事情があるのだ。もちろん母子家庭ということもあってか、そもそもの母娘ははこ仲は非常に良いが。


そんな母娘だが両者が目を覚ましたのはほぼ同時だった。娘の寝起きゆえの細い声がする。


「ママ、起きてる……?」

「起きてるわよ……」


最近はあることが原因で、すっかりこの時間帯に一度目が覚めるサイクルを身体が覚えてしまった。


「そっち、行ってもいい?」

「おいで」


母が掛け布団を上げると、娘は身体を滑り込ませた。彼女は怯えたようにすっぽり頭まで布団に籠ると、


「今日もあいつ来るのかな……」


ボソッと呟いた。母親は娘を抱き寄せ、優しく何度も背中をさする。


「大丈夫、大丈夫よ。大丈夫」


しかし、そんな母親の言葉を掻き消すように、



コツ、コツ、コツ……



外からゆっくりとアパート二階への階段を登る足音がする。


「ひっ……!」


娘が引き攣った声を出して、慌てて口元を押さえる。母親の「大丈夫」という声は囁くよう念仏のようになり、娘を抱き締める腕には力が籠る。

そもそも母娘が住む部屋は階段上がってすぐではない。だというのに足音が聞こえる、恐怖で感覚が過敏になっている証拠だ。

そして、二人が怯えている間に足音は階段を登り切り、



コツ、コツ、コツ……



廊下をゆっくり歩いている。そして段々母娘の部屋へ近付いて来る。娘は母の腕の中で可哀想に震えているし、母の腕が震えているのは娘の動きばかりではない。

足音がゆっくり歩いていても廊下は長くない。母娘には永遠にも一瞬にも思えるが現実には一、二分くらいでそれは二人の部屋の前に辿り着き、

止まった。

母娘がギュッと目を瞑った次の瞬間、



ガチャガチャガチャガチャ!



ドアノブが何度も何度も、乱暴に上下運動させられる。意地でもドアを開けてやろうと言うように、もはやドアノブをへし折ってやろうと言うように。


「嫌ああ!! ママぁ!!」

「ひなげし!!」


娘が涙を流しながら声を上げる。母は娘の名を呼びながら彼女の頭を守るように抱き締める。

その乱暴なドアノブを動かす行為は、大体一分程で終わった。が、やはり母娘には永遠のように感じられた。

音が止まってからも二人はしばらく硬直して動けないでいたが、たっぷりの時間を要してようやく、娘がピクリと動いてか細い声を絞り出した。


「ママ……」

「ひなげし……」


二人は呆然としながら、恐怖の余韻と安堵、そして今までの積み重なりとこれからへの絶望が重なった苦しい涙を流した。


このアパートに引っ越して来てこの方、毎晩この時間にこの悪夢がやって来る。母娘はすっかり夜中の二時に目が覚めるようになってしまった。

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