一.鉄砲は熱い内に撃て

『♪Deck the halls with bought of holly, Fa la la la la la, la la la la. Tis the season to be jolly, Fa la la la la la, la la la la♪』

『♪We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, We wish you a Merry Christmas, And a Happy New Year♪』


世間はもう夜にしてクリスマス直前である。街を見渡せば何処も彼処かしこも浮ついた空気でサンタの支配下。街路樹はあいつもそいつもイルミネーションを巻き付けられてチカチカ、人間のファッションなら違う意味でSNSに晒されるようなセンスだ。

そして歩道はやけに歩き難い。すれ違う人が誰も彼も二人並んで腕絡めてキャッキャウフフ、道幅を圧迫するのだから。

そんな賑やかな歌や愛し合う人々の声、人生を謳歌するような光達が宇宙へ飛んで行ってしまわないように蓋をする曇天。普段なら気分を下げるものだが、この時期だけはホワイトクリスマスに期待を持たせてくれる。


そしてクリスマスに特別縁が無い桃子は普通に気分が下がる。彼女は雲が敷き詰められて独特の黒さを醸し出す空をチラと見て、自転車を漕ぎながら悪態を吐く。


「まったく! 群れるなら当日にして下さいよ! 『クリスマスだけは休みを取るから』が恋人達の合言葉なんでしょう? だったらその日まで会うな! イチャイチャするな! 歩道が通れないでしょ!」


桃子は自転車なので車道、つまり歩道が混んでいてもなんの不自由もしないのだが、それでもこんなにお怒りな理由はクリスマスを愛する人と過ごせるナイスガイ及びナイスレディなら察してあげてほしい。

それに最近の桃子は、京都市内で物騒な事件が起きていて少し大変なのだ。

そんな桃子の足は、フラフラと紡邸に吸い込まれて行く。家に帰ればいいのに。






 門を潜った桃子は大人しく玄関に向かう。この頃は縁側で靴を脱いで上がると、帰りに履くのも縁側になって寒いことをようやく学習したのだ。ギリギリまで温かい室内にいたいので、待たされる懸念はあるもののインターホンを鳴らす。縁側で靴を脱いで玄関に持って行っておくとかは思い付かないのが桃子である。


「あー寒い寒い寒い!」


桃子が腕をさすって足踏みしていると、玄関がゆっくり開いた。


「どちら様ぁ……、うわ寒っ!」

「こんばんは。寒いですねぇ」

「なぁんだ、桃子さんですか」

「なんですかその『こいつの為に寒い思いして損した』みたいなリアクションは」

「なんかすさんでますね。もしくはナチュラルに人間性が曲がってる」

「人間性わらびでもいいんで上げて下さい」

「そんなヤバい人家に上げたくない」

「いーいーかーらー!」


早速桃子と悶着したのはつばきである。Tシャツの上から瑠璃色でタータンチェックの半纏はんてんを着込み、白と撫子なでしこ色のボーダーでモコモコしたリラックスパンツを履いている。彼女に連れられて桃子が温かいリビングに入ると、


「やぁ、いらっしゃい」


淡緑たんりょくのセーターに小町鼠こまちねずのミッドライズでストレートなデニムを合わせた紡が、椅子に座ってテレビを見ながら寛いでいる。


『現在京都市内で発生している連続強盗殺人事件の犯人は依然として行方が分からなくなっており……』

「あ、この事件。ウチの署もですよ」

「物騒だなぁ。早く解決してよ。いつも私が事件解決してるんだからこんな時くらい」

「そんなに警察の仕事割り込んでましたっけ?」

「まぁいいや。それより晩御飯は食べて来たの?」

「もちろんご馳走になります」

「こいつ……。まぁでも、ちょうどいい日に来たね。ん〜!」


紡は大きく伸びをする。


「ちょうどいい日?」


はてな状態の桃子を無視して紡は椅子から立ち上がり、キッチンへと向かった。


「つばきちゃん、晩御飯にしよう」






 そうしてダメな亭主か小さい子供みたいにテーブルで配膳されるのを待っている桃子の元に運ばれて来たのは、


「お味噌汁ですか?」

「てっぽう汁」

「てっぽう汁。物騒な名前ですね」


もうもうと立ち上る湯気は凄まじく、お椀の中身が見えない程である。外で冷え切った桃子からすれば、このスチームを浴びているだけでも結構癒される。他のメニューは鰤の照り焼きと海藻サラダの海オンパレードだった。


「いただきまーす!」


桃子はまず熱々のてっぽう汁をふーふーしてから一口。


「あっつい!! でも美味しいです!」


外側は湯気や暖房で温まっているが、身体の内側は案外そう簡単にはいかない。そこに湯気立ち止まぬような塩気の効いた汁を流し込むと、まるで蹂躙されるかのように身体が温まる。喉を通って腹の底まで流れ着くのが手に通るように分かり、まるで体内に熱の柱が立ったかのようだ。あまりの快感にか外側との温度差がひっくり返った故か、桃子の身体がブルッと震えた。


「あー……、熱いお汁最高……」

「それはね」


桃子が恍惚としながらてっぽう汁をもう一口行こうとすると、


「なんと!? このお味噌汁、蟹入ってますよ!?」


お椀の中には殻ごとぶつ切りにされた蟹の脚が入っている。鮮やかな暖色の朱色がますます温かい。


「てっぽう汁ってそういうもんだよ」

「へぇ〜贅沢!」

「蟹の脚を箸でほじくるのが、火縄銃の銃口に棒を突っ込んで弾丸と火薬を押し固める作業に似ているからなんですよ」


つばきがちょうど実践して見せる。


「結構洒落が効いた由来なんですねぇ」


桃子が感心している向かいで紡は蟹を箸で持ち上げる。


「このてっぽう汁は花咲蟹はなさきがにっていう蟹を使うんだ。もちろん違う蟹でもいいけど。この花咲蟹は北海道の一部地域で、しかも春から夏までの特定の時期に決まった量だけ水揚げされる結構希少な蟹でね。そうそう食べれるもんじゃない」

「まず庶民は蟹自体そうそう口に出来ませんが」

「あは。花咲蟹はヤドカリの仲間ですよ」

「そういうことじゃなくてですね」

「それがちょうど今日、注文した冷凍のが届いたんだよ」

「なるほど。それで『ちょうどいい日に来た』ですか」


紡はてっぽう汁を口に含むと無言で頷いた。返事代わりなのか味の良さに頷いているのか、いまいち分からない。そしてその後に出て来た言葉は……


「この冬場のてっぽう汁も『呪』を表す立派な料理だねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る