三.見知った来客

 紡はいつまでも寸胴鍋の前から動かないので、桃子も飽きてリビングでつばきと殺しの七並べで遊んでいたところ、


「あっ」


つばきが椅子から立ち上がった。


「待ったは無しですよ?」

「あは。ボロ負けでよく言えますね」


するとリビングから紡も出て来た。


「ブイヨンはいいんですか?」

「よくはないけど、桃子ちゃん代わってくれる?」

「どうしてです?」

「お客さん」

「なんと!」


桃子もテーブルに手をついて勢い良く立ち上がる。


「でしたら私もお供しますよ! ブイヨンなんか構ってる暇はありません!」

「えー、なんで?」

「なんでも! 今までも付き合わせてくれたんですから、今更拒否することもないでしょう! ね!?」


紡は演技掛かった溜め息を吐くと屋敷の方へ向かい、


「そう言うと思って鍋の火は止めて来たよ。つばきちゃん、手伝って」


こちらに背中を向けたまま、手を右手をひらひら振った。


「話が分かるぅ!」


桃子が小さくガッツポーズをしていると、


「もう……。桃子さんの反則負けですからね」


つばきが冷たい声を残して紡について行った。


「?」


言われている意味がよく分からない桃子が首を捻ると、


「あっ」


自分が立った拍子にカードが飛び散って滅茶苦茶になった七並べがそこにあった。






 部屋の隅っこでホラーゲームのトイレやロッカーに隠れている時みたいに静かにするという条件の下、桃子が応接間に座布団を敷いてスタンバっていると


「こちらでお待ち下さい」


つばきに案内されてお客が入って来た。煉瓦色のチェスターコートに薄墨色のタートルネック、クリーム色のスキニーパンツ。そして右手首に医療用サポーター。

しかし何よりその顔を見て桃子は驚愕し、思わず立ち上がった。


「なんと!? あなたはこの前の!?」

「そういうアンタはこの前の!」

「牧原佳さん!」

「婦警さん!」


相手はまさにこの前桃子がDV被害から救出した(尤も、彼女はほぼ何もしていない)女性であった。


「お知り合いですか?」

「えぇ、仕事でちょっと」

「はぁ」


つばきが聞いておいて興味が無さそうなリアクションをしていると、


「お待たせしました。皆さん総立ちでどうされました? どうぞ座って下さい」


蒲公英たんぽぽ色に唐紅の襟、枝垂れ藤の柄の琉装りゅうそうに身を包んだ紡が到着する。


「この寒い季節に琉装とは、ですね」


寒い季節にスパッツ履いてまで浴衣を着ていた幽霊(暑い寒いを感じない)が何か言っている。そして桃子には琉装と和服の違いも、寒い季節に琉装は風通しが良過ぎるということも分からない。

紡は椅子に座ると佳にも座るよう手で促しながら、いつものパターンを始める。


「本日はどのようなご用件で……そうだ、お名前を教えていただけますか?」






「それで、縁切りしてもすぐ次の嫌な奴がやってくるのよ!」


佳はこの前桃子が聞かされた焼き回しのような愚痴を、出されたハーブティーに手も付けず延々語っている。紡も仕事だからかそれを完璧な笑顔で延々聞いている。その外面の良さを少しでもいいから私にも向けてほしい、直接伝えたら酷い目に遭わされそうなので桃子は奥歯で噛み殺した。


「もうね、行ってる縁切り神社がからこんな目に遭うのかしら? って違う縁切り神社に変えたのよ!」


「そんな縁切り神社ってあるもんですか?」

「京都ならまぁ……東山ひがしやまから宇治うじにしたかその逆じゃないですか?」

「なんか縁切り神社が多い土地も嫌ですねぇ」


桃子とつばきが私語をしていても佳はお構い無し。身振り手振りを交えながら


「変えても全然ダメ! また次の嫌な奴が来るし、それどころかもうなんの関係も無い関節リウマチまで患って、祟られてるのかっての!」


「手首痛い割には振り回すんですね」

「アドレナリンは偉大なんですよ」


珍しく桃子とつばきの駄弁りに何も言わない代わりに、佳に対しても相槌を返さずハーブティーを飲んでいる紡。今までもこういう客は多かったのか、やり過ごすのが上手いようだ。尤も、相槌を打たないと怒る人種もいるにはいるが。

しかし佳は喋らせておけば勝手に満足するタイプなようで、出したハーブティーが冷める頃には本題に入ってくれた。


「これって私の運が悪いの? それともあの神社がヤバいの? 縁切り神社なんてこういうもんなの? 私の参拝の仕方が悪いの? よくお稲荷さんとか怖いって聞くけど、縁切り神社もヤバいの?」


しかし本題に入っても相変わらず捲し立てるスタイルはそのままのようだ。紡は飲み干したティーカップを置くと、相手とは対照的にゆっくり落ち着いた、丁寧な喋り方で答える。


「まず、あなたの運が悪いかは向き合っただけでは見えませんので、今はなんとも申せません。次に神社がヤバいのかは、これも行ってみなければ分かりません。参拝の仕方も同様です。そしてそもそも縁切り神社がそういうものか、と言われれば、そうでないとは申しません。最後にお稲荷様が怖いとかいうのは完全な誤解です。単純に置いてある狐の像が怖いという話ならそれはただの主観です」


一問一答を一転押し黙って聞いている佳に、紡は両手を合わせて微笑み掛けた。


「どうでしょう。試しに今から一緒に参拝してみませんか? その縁切り神社へ」

「へっ?」


意外だったのだろう、佳は初めて間の抜けた声を出した。

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