急.

 一行は電車に揺られて佳が行っているという縁切り神社へ。そこは全国的にも有名で、境内もそれなりに広い神社であった。


「で、何? いつも通り普通に参拝したらいいの?」


佳の言葉にはやや、挑発的な響きがある。おそらく紡にというよりは神社に対しての反感だろう。


「そうですね、まずはそのようにお願い致します」

「そう」


鳥居を潜った佳に桃子も続こうとすると、紡に肩を掴まれた。


「おっと、なんですか?」

「桃子ちゃんこの先も来る?」

「そのつもりですけど、なんかマズいんですか? ここまで来てお留守番ですか!?」

「いや、マズくはないけど……」


紡は境内を睨みながら一拍置く。


「今回は特に何もお参りとかしないって約束して」

「はぁ」

「チラとでもお願いを念じるのもナシ」

「そんなにヤバいんですか!?」


すると紡は急に大袈裟に眉毛をハの字にした軽い表情で首を竦めた。


「メンドくさいの」

「はぁ」


「ねぇ!」


声がした方を見ると、佳が先でこちらを振り返っている。






 そこからは暫く佳のお参りを見守るターンとなった。桃子は誰と縁を切りたいとか考えないように、ひたすら頭の中で昨日見た『埴輪ハオちゃん』の『ラーメンに入れる酢の量をレンゲのどのくらいまで注いだかで判断するも、普段行ってるのと違う店だった所為で勝手を間違えた』エピソードを再生し続けた。

その間に佳はまず本殿に行き賽銭を入れてお参りすると、次に絵馬とお札を購入。絵馬に願い事を書いて棚に吊るすとお札は縁切り縁結びの碑にペタリ。最後に碑にもパンパンと手を合わせてフィニッシュ。

流石行き付けているだけあって、スムーズな動きである。


「こんな感じだけど、どうなのよ」


戻って来た佳は腰に左手を当てて「文句があるなら言ってみろ」という態度。対する紡は、


「はい。まずはお書きになった絵馬を拝見してよろしいでしょうか?」


棚を指差した。佳はそちらを見遣ってから、促すように首をくいっとやった。


「別に構わないけれど?」


本人の了承を得たので、紡は吊るされた絵馬の中から佳の書いたものを手に取る。そしてその文面が桃子とつばきにも見えるように傾けた。


「どう思う?」

「どうって……」


『最近転職してきた嫌な新人がいなくなりますように』


「縁切り神社としては至って普通なのでは?」


首を傾げる桃子だったが、紡はそもそも桃子の方を見ていなかった。屈辱。


「つばきちゃんはどう思う?」

「縁切りだけですねぇ」

「そう」


また紡とつばきが勝手に通じ合うエスパーみたいな会話をしているので桃子は説明を求めようとしたが、それより先に佳が疑問を口にした。


「何よ、それの何が悪いの? 縁切り神社で縁切り願っちゃマズいとか言うんじゃないでしょうね?」

「いえいえ」


紡は笑って手を左右に振る。


「牧原さん、本殿にはどのようなご祈願をなさりましたか?」

「はぁ?」


佳は「何言ってるんだコイツは」という顔をする。


「そんなのその絵馬に書いてあることと同じに決まってるじゃないの。お札だってそうよ」

「そっくりこのまま」

「当たり前じゃない。何? 相手の具体的な名前まで言った方がいい?」

「その必要はありません」


紡は手で制する。


「例えばですが、いらないシャツを捨てたら、箪笥の中はその分スペースが空きますよね?」

「なんの話よ」

「縁も同じことが言えるんです。切った分『その立場』との縁が空きます」


紡はそこで一度区切ると、軽く当たりを見回した。


「後は……、実際に見てもらった方が速いでしょう」


紡は佳と桃子の手を取ると、人差し指と中指で印字を切る。すると……、


「なんと!?」

「何これ!?」



桃子達の目に映ったのは、境内中に漂う黒いモヤとヘドロの中間のようなものだった。



「う、うわぁ……」

「気持ち悪……」


それは空気中を漂ったり地面を流れたり木や建物にへばり付いたりしている。そして、


「きゃあああああ!?」


声に釣られて桃子が横を見ると、



それは佳の身体にも纏わり付いている。



「嫌ぁぁ!? 何これ!? やっ、嫌ぁあ!?」

「紡さん!」


桃子が紡の方を振り返ると、彼女は腰に手を当てて鼻から大きく息を抜いた。


「これは全部『切られた縁』です」

「『切られた縁』?」


紡は右手をチョキにして指を動かす。


「桃子ちゃんも散髪行くよね?」

「行きますけど……」

「あれ、切った髪は何処へ行くのか」

「床です」

「その場で消えたりしないよね?」

「当たり前です」

「それと一緒。切った髪が片付けるまでは床に溜まるのと一緒で、参拝客が切った縁も処理されるまでの間その場に残るの」

「喋ってないで助けてよぉ!」


佳が紡に縋り付くと、紡は肩に優しく手を置いた。


「その為には、していただくことがあります」

「何よ!?」

「もう一度縁切りの祈願をして、その後必ず良い縁結びを願って下さい」

「えっ?」


紡はテーマパークのスタッフのように手を広げて、佳にもう一度周囲を見るよう促す。


「先程も言ったように、縁を切るとその分スペースが空くんです。なので縁切りをしたら同時に良縁も願って予約を入れておかないと、そこに他の方が切った縁を拾ってしまうんです。今のあなたのように」


紡は脅すように佳の鼻先まで笑顔を寄せると、彼女の絵馬や頭の縫った痕、手首のサポーターを順に指でなぞる。目は笑っていない。


「悪い人間関係に病気、時には煙草やギャンブルまで、およそ人が繋がりを絶ちたい『良くないモノ』との縁を」


ごく、と佳が唾を飲む音が桃子にまで聞こえるようだった。そして彼女は素早く踵を返すと、本殿へお参りに飛んで行った。

その背中を見ながら、桃子はポツリと呟く。


「私にお参りするなって言ったのは……」

「桃子ちゃんも同じ状況になったら絶対メンドくさいし」

「なるほどです……」


呆然とする桃子だったが、横を悪縁が通って思わず避ける。


「にしても、有名神社だからか、本当切られた縁が多いですね」

「あは! ブイヨンみたいですね! 色んな具材の出汁がいっぱい!」

「うわぁ……」


つばきの言葉に、紡と桃子は目を合わせるだけで「食欲無くなったね」という感情を共有した。






 さて、ある日のこと。仕事終わりに桃子が紡邸を訪れると、紡はムッスーとした不機嫌さで、椅子の座る面に右足を体育座りのように乗せてバーボンを飲んでいた。テーブルには灰皿と吸い殻の山、そして新たに火の点いた煙草。


「どうかしたんですか?」

「それはねぇ……」


どうやら今日の昼、また佳が店を訪れたらしい。なんでも、


「あれから言われた通りに参拝してるのに、縁切った後の悪縁こそ無くなったけど結局同僚とは気が合わないし男とも出会いが無いじゃない! どうなってんのよ!」


とのこと。

紡は椅子の背もたれに身体を投げ出した。


「私も神様も、悪縁は切れても性格は治せん」


桃子だってどうにも出来ないので、ただただ笑うしかなかった。

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