十七.異世界桃子、苦労することになった件
単純に夜中を狙ったのは、『現地の自分と入れ替わる』システムだった場合に、車の運転中とかだったら困るから、というリスクケアである。入れ替わり先の自分が夜行長距離バスの運転手とかならもう、神の思し召しと言う他無い。きっとつばきが上手くやるでしょう。
しかし、状況は桃子の読み通りに行ったようだ。彼女は布団の中で穏やかな朝を迎えた。
「……む」
桃子は軽く周囲を見回す。そこは、微妙に置いてある
「実家……ぽいですね」
そんな長らく帰っていないこともないが、紡邸に同棲(紡からは居候と言われるが、愛があるので桃子は断固同棲と主張する)している彼女には、少し懐かしい雰囲気だ。と、同時に、
「紛争地のカメラマンスタートじゃないだけマシですが……、それなりに生活環境が違う自分に飛んだみたいですね。擦り合わせに苦労しそうだ」
まずはこの世界の桃子の情報収集が大切である。
の前にやっておかなければならないのが、
「頼むから当たって下さいよ……!」
枕元のスマホのロック解除。来歴が違うと、パスコードに使う数字の羅列も違うかも知れない。今まで自分が使って来たパスコード総当たりで開けばいいが、完全ランダム数列タイプだったら詰んでしまう。祈りながら指先を動かす桃子は、四度目で高校の時のパスコード(パパの車のナンバー)がなんとか通った。
しかし問題はここからである。桃子は電話の連絡先を開く。
「本当にお願いだから、上司を『ボケ』とか『ハゲ』とかで登録してないで下さいよ……!」
この世界の桃子がなんの職業に就いているかは不明だが、急に知らない仕事に放り込まれたら大変だし、そもそも職場の場所が分からない。なので仮病でもなんでも使って、上司に休みをもらわなければならない。その為にも上司が上司と分かるように登録されていて欲しいのだ。
「あった! これでしょう! これじゃなかったら頭おかしい!」
やがて桃子は、『近藤課長』と書かれた連絡先を見付けた。知らない人に電話は緊張するが、そんなことも言ってられないので通話ボタンを押すと、
『あいよー』
たっぷり呼び出し音六クール目でやっと繋がった。こっちは必死でドキドキしているのに、この間は勘弁して欲しい。
「もしもし課長、沖田です……。あ」
『あ、って何』
「いえ……」
仮病を使うので、桃子は努めて弱々しい声を出す。のだが、この世界の桃子が「沖田」ではない可能性をすっかり忘れていた。が、そこにツッコミは無かったのでセーフであろう。
「あの……朝起きたら熱が三十八度ありまして……」
『あらー』
頼むから「熱でも来い! 這ってでも来い! 会社で死ね!」とか言うブラック企業であってくれるなよ……! さっきから祈ってばかりの桃子である。
しかし近藤という男は、良識ある人物のようだ。
『はいはい、分かった分かった。ス◯イナーで早くよくなれ』
「? ありがとうございます……?」
あっさり休みをくれた。あるいは声から察するに、万事粗雑なチャランポランなだけかも知れないが。
さて、フリーな行動権を手に入れた桃子は、久し振りに見た親の顔に親の手料理、仕事に行くと思って用意してあったお弁当に感動しつつ、これまた久し振りの大五郎(飼い犬)に邪魔されまくりながら、朝の支度をして出掛けることにした。善は急げ。
化粧をする時に、元の職業からすると信じられないくらい用品が簡素だったのには驚いたが。
桃子のお祈りラッシュは続く。まずは紡に会えないと話は始まらないのだが、紡が元の世界と同じところに住んでいるという保証が無い。帝都の中で位置がずれているとかならまだいい方で、違う都道府県に住んでいる可能性もあるし、なんなら桃子が実家暮らしだったように、彼女も血縁のある香港やリンドーンといった海外に住んでいるかも知れない。紡は元の世界と同じだが、この世界の桃子の方が遠い場所に住んでいる可能性だってある。
そうなったらもう紡を見付ける方法は皆無である。その上紡を助けるどころか、元の世界に帰ることもままならない。
我ながらとんでもない見切り発車をしてしまった……、桃子のこめかみに一筋の汗が流れた。
「とにかく、まずは私の世界の紡さんの住んでいる場所にでも行ってみますか」
自転車に跨った桃子は勢い良く走り出した。が……
紡邸を目指しても見当たらないどころか、見覚えのある景色すら訪れない。困り果てた桃子はあることに思い至る。
「あ、そうか。人が違うのなら、土地の構造だって違う可能性があるんですよね」
桃子はスマホで地図を出した(ロックを解除する時、一回クセで今使っているパスコードを入れて『ヴーッ!』と威嚇された)。
「『帝都 地図』と」
出された検索結果は、
「うわぁ! なんじゃこりゃぁ!」
日本史の資料集で見たような地図がずらりと。形も桃子の知っている帝都と全然違う。
「Oh, GOD……」
打ちひしがれる桃子だったが、そこに丁度良く登校中の小学生が。桃子はすかさず声を掛ける。
「あの、すいません! 観光客なんですが、この周辺の地図を出してもらえませんか?」
「じ、事案……?」
「難しい言葉使うんですね」
小さい子供なので、ワンチャン「子供携帯しか使い方分からない」と言われる可能性もあったが、この高学年に見える男の子は大丈夫だったようだ。さっと地図を出してくれた。
「ありがとうございます。遅刻しないようにね! あと事案じゃありませんからね!!」
少年を見送った桃子はスマホの画面に目を落として、
「ふむふむ、ここは京都って言う……なんと!?」
桃子は驚愕した。何故なら
「帝都と同じ形で左右が逆になってる!? いや、この場合東西ですか? どうでもいいや」
思った以上に桃子の生きてきた世界と違っているようだ。しかし、左右が違うぐらいなら鏡合わせに地図を見ればいい。ちょっと戸惑いつつも紡の住んでいた辺りを探すが、
「あれ……、無い。神宮通りも大正神宮も無い!?
帝都が京都の時点であり得たが、ここまで地名が違っているようだ。しかしこんなことでは諦められない。
「とにかく、同じ位置に行けばいいんですよ! 幸いなんか違うけど神宮はあるみたいですし、条件は似ている!」
桃子は決意を新たに、
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