二十六.『大怨霊を祓えるもの』とあのおっさん
「と言っても、別に私、霊感とかで感じ取ってるわけじゃないんですけど」
桃子のなんてことない呟きを、紡は目敏く拾って笑う。
「そりゃそうだよ。そこは逆立ちしたって変わりゃしないさ」
「むっ!」
この
「だから大事なのは、『自分が何を手に入れたか覚えていること』『それがどういう’’呪’’なのか、今まで教わった知識で答えを出すこと』この二つの筈です。つまり」
紡が黙って小さく頷いたのを見てから、桃子はもう一度物置きを見渡す。
「『何処にどのように保管してあるか』を考えて逆算して……。一つはここにあります」
「ふむ。じゃあここの何処に?」
「脚立か何か、ありませんか?」
桃子とつばきは屋敷よりさらに敷地の奥、記憶が戻らない頃は存在すら知らなかった倉から、脚立を調達してきた。桃子はそれを物置きの中に立てると、神棚に向かって登り始める。
「こっちじゃなくていいの?」
紡は祭壇の方を指差すが、桃子はそちらを見もせず背中で答える。
「秋頃でしたか。舞鶴で海上自衛隊の方とのお仕事がありましたね」
「あったね」
「あの時学んだことは『神棚はその建物の中にあるもので、一番高い位置を占めていなければならない』ということ」
桃子は神棚に手を合わせると手を伸ばす。お供えの中から抜き取った、紛れるように安置してあったそれは……、
「つまり神なるものは高いところへ。必然、この『雷神様の笏』も、床の上の祭壇ではなく、神棚に安置してあるはずなんですよ」
桃子が脚立の上で軽く振り返って笏を見せると、紡は
「お見事」
笑った。
桃子は脚立を降りると、改めて笏を眺める。
「私が手に入れた物の中では、一発と言えど雷が放てるこれこそが唯一武器と言える、『大怨霊を祓えるもの』だと思います」
「間違い無いね」
紡が後押ししてくれるが、桃子は逆に不安そうな顔を見せる。
「しかしです。問題はこの笏で本当にあの怨霊を祓えるのか、です。大聖歓喜自在天という、仏性の頂点みたいな『呪』でも祓えなかった相手を……」
紡は小さく頷く。
「確かに神徳においてのみでは、難しいかもね」
「やっぱりそうですよね」
「でも大丈夫でしょ」
「えっ?」
軽い調子の紡に、思わず桃子も顔を上げる、と、
「あは。桃子さん覚えていませんか? よぉく思い出して下さい」
今度は下からつばきの声が掛かる。
「思い出す? 何をです?」
「雷について」
「雷について……」
桃子は必死に記憶を探る。笏をもらった日、紡はなんと解説していたか……。
「雷は『田に雨が降る』で豊穣の『呪』だとか、賀茂別雷命が豊穣神だとか……」
「ほら、そこ! もう少しですよ!」
「はい?」
「雷についてエピソードがあるお方! 覚えていませんか?」
「うーん?」
すると紡がボソッと呟いた。
「てっぽう汁……」
瞬間、桃子の脳内で奇跡の符合が起きる。寝ている元の世界の紡の加護か。
「あっ! 清涼殿に雷を落とした菅原道真!」
「あはっ!」
「が一体どうしたんです?」
「あらっ」
カクッと躓いてつんのめるような動きをするつばき。紡はぷすーっと馬鹿にしたように笑う。
「馬鹿だねぇ〜」
「むっ! じゃあ納得行く説明をどうぞ!?」
「はいはい。菅公は何者? 天満大自在天であり?」
「日本三大怨霊なんですよね? 何回か聞きました。はっ!?」
「そう」
紡は笏を指差してニヤリ。
「菅公はそもそも怨霊として、将門公と対等レベルの実力者なんだ。でも彼の『呪』には、神としての神徳がプラスされている。一応将門公もあちこち神社で祀られてはいるけれど、『天満宮』として指折りの知名度と信仰を得ている菅公なら、上回るだろう」
「はぇー、あっ、でも、私に笏をくれたのは雷神様であって菅公では……」
「菅公はね、桃子ちゃんも言った通り、雷を降らせて清涼殿を燃やした男。雷神としての神格も持っているんだよ」
「なるほど! つまり雷神として出会うこともあると!」
しかし桃子はすぐに顎へ手を当てる。
「でもそれって、菅公である可能性があるだけで、確定要素じゃないですよね? 賀茂別雷命な可能性もあるわけで」
「どうかな? 衣冠束帯で、笏をくれたんでしょ? 日本で雷神と言うと、他に『風神雷神図屏風』の雷神様がいらっしゃるけど、あの方は笏すら持ってない。賀茂別雷命も、肖像によっては持ってたりするけど、起源とされる神は古事記に載っているような方だから、平安時代の格好をする存在ではない。その格好で笏を下さる雷神は、平安の
「そうですか……。私、菅公なんてすごい神様と出会ってたんですね」
「神様は菅公じゃなくてもすごいですよ」
「でも、桃子ちゃんが学問の神様に会うとか侮辱じゃん」
「なんと!?」
それこそ侮辱されたので、話を切るように桃子は笏を眺める。あの餃子に大喜びだった雷神様の笑顔が浮かんで来て……、
「なんだか学問の神様にしては、フランクな方でしたけどね」
「……酒でも飲んで酔っ払ってたんでしょ」
紡は露骨に目を逸らした。逆につばきは半笑いでニヤニヤした目を向けてくる。
「な、なんですか」
「いえ? 紡さんの話をちゃんと思い出したり、ちゃんと話を組み合わせられたり、桃子さんにしては急に頭が良くなったなぁ、と思って」
「なんと!」
すると紡が背を向けたままボソッと。
「多分私が記憶を封じる『呪』を掛けた所為で、頭悪くなってたんでしょ」
「なんと!?」
「大丈夫ですよぉ、元から良くないので」
「なんとぉ!!??」
「さ! その調子で残りの物も集めてらっしゃい!」
紡に促されて物置きを出た桃子は、回廊から見える空に向かって、笏を軽く掲げた。
雷神様、菅原道真様。あなたが御礼に下さったお力を、ついに使わせていただきます。私の一番大切なものの為に……。
桃子は空の彼方に、最後までどうにも格好が付かなかった髭面のサムズアップが見える気がした。
最高にカッコ良かった。
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