二十五.残る不安と最終試験
その日の夜は紡の寝室で、
「狭いなぁ」
「ちょっと紡さん! 私、身体の三分の二はみ出してるんですが! もっとそっち寄って!」
「嫌だよ寒いじゃん」
「私は寒さを感じない生き物だとか思ってます!?」
「真ん中詰めるか」
「そうしましょう」
「あはぁぁぁ!! 潰れるぅぅぅ!!」
一つの布団に三人川の字になって眠った。
明くる朝。桃子が目を覚ますと、紡はまたも珍しく早起きをしていた。庭に降りてしゃがみ込み、何か作業中のようだ。
「紡さん、おはようございます」
「ん、おはよう」
紡は一旦腰を上げて、桃子の方に向き直った。承和色の中華道士服の、長い前掛けのような布が翻る。
「何してるんですか?」
「君らが帰る為の準備をね」
「……」
「そんな顔しないの」
紡は桃子の方に歩み寄ると、彼女の両頬に手を添え、額同士をくっ付ける。
「さ、君は君の準備をしなさい」
「あ、でも、私、何を持って行けばいいのか……」
「分かるよ」
「えっ?」
「分かる」
紡は触れていた顔を離し、桃子を真っ直ぐ見据える。
「今の君なら分かる。つばきちゃんが朝ご飯作ってるから、まずはそれを食べて、その後二人で探すといい。よく思い出して。桃子ちゃんがこの世界で手に入れた特別な物達を」
「手に入れた、特別な物……」
「さ、お行き」
紡に背中を押されて、桃子はリビングへ向かう。
「あは。おはようございます!」
そこには若葉色の振袖に紅桔梗の袴を合わせたつばきが、「飯喰え」エプロン装備で朝食を
「おはようございます。いい朝ですね」
「はい!」
朝ご飯はトースト、ベーコンエッグ、コーンポタージュ、サラダとフルーツ、ドリンクは選択制。朝から元気にお腹へ入れて、今日一日の活力をゲットする。
どうやらつばきも今から食べるところのようで、食事は二セット用意してある。つばきは桃子の向かいに座って、トーストを齧った。ザクリ、とご機嫌な音がする。桃子はそれを必死に見詰めた。
「……?」
「いえ、なんでも」
つばきが「よく分からないけど取り敢えず見詰め返してみる」という態度を取ったので、桃子は
紡については、見透かされているように促されたので全部言葉にした桃子だが、つばきに対してはそうではない。
自分や紡と違って、つばきはただ一人取り返しの付かないことをしてしまった。
すなわち死である。
一応この世界で反魂香やその類いで反魂の術なるものがあるのは知ったが、あれから桃子なりに逸話を調べた限り、完全に生き返った『成功例』は一つとして無かった。どれも一時的だったり不完全なゾンビのようだったり。
姫子と武の時だって、目覚めた後にはやてと勘解由の記憶が残りはしなかったし、今この世に『生き返った人物』というものが存在しないことからも、きっとそれが絶対なのだろう。
だからつばきが桃子と元の世界に帰って紡を助けても、その後今までの日常に戻ってしれっと学校に通っても、例え大切な家族の元に帰ったとしても、決して元通りではないのだ。
死んでいながら永遠を存在する彼女は、周りの人々の成長や老いに取り残され、かつ大切な人々の死からも置き去りにされてしまうのかも知れない。
それとも逆にもしかしたら、紡を救う為の作業を未練としてこの世に残ったつばきは、全てを達成した後には消えてしまうのか?
「桃子さん!」
「はいっ!?」
「やっぱり何かありますよね? 紡さんはああ言って励ましてくれましたけど、それは全ての怖れを無理矢理脱ぎ去れってことじゃありませんよ? 緊張してたり不安だったりしたら、それは素直に仰って下さい。それを受け止めて、一緒に前に進むのが私の役割です」
「あ、いやぁ、ははは」
問題は尽きない。が、もしここでウダウダ悩んで事を上手く運び損ねたら、それこそ彼女の全てが無駄になってしまう。桃子は、考えるのは全て終わった後にしよう、大変なことが色々起きるだろうけど、それは私も背負えるだけ一緒に背負おう、そう決めた。
取り敢えずは、まず真っ先に目を覚ました紡の雷が落ちるだろうから、それを二人でいっぱい叱られよう。
「ご馳走様! じゃあ、必要な物を持って来ましょうか」
「あは。お皿洗い終わったら」
決意の直後に数分手持ち無沙汰となった桃子だった。
「紡さん、物置きに入れてくれませんか?」
桃子は庭での作業を終え、今は縁側に腰掛けている紡に声を掛けた。紡はそこに必要なものがあるのか、肯定も否定もせずに、
「いいよ」
ただ微笑んだ。
「はいどうぞ」
紡は渡り廊下を通り屋敷に入って右、そこに鎮座する鉄扉の錠前をガチャリと開けた。後は自分で開かずに、一歩横にずれて桃子とつばきに先を促す。元の世界では鍵が掛かっていなかった隙に入って怒られたが、こっちの世界では初めてである。
「つばきちゃんは入ったことありますか?」
「ありますよ。色々元の世界と入ってる物は違うのでお気を付けて」
「うっ」
余計なプレッシャーが掛かりつつも、桃子は一歩中に入った。
「例の、つばきちゃんが作って紡さんが浄化していたものはここですか?」
「いや、それは工房の方だね」
「そうですか……」
少し立ち止まる桃子に対して、紡は少し含みがあるような声を掛ける。
「じゃあここはもう用済みかな?」
少し顎に手を当てて考える桃子。チラッとつばきの方を見ると、彼女はわざとらし過ぎるくらい口を真一文字に引き結んで、なんか目も閉じている。どうやら紡がホイホイ教えないのに習って、彼女も分かっている上で言わないようだ。あれだけ褒めてくれといて、結局変な最終試験を……、桃子は溜め息と共に、細長く奥へ伸びる物置きを見回した。
足元から奥まで床に大量に置かれた箱、様々なものがずらりと並べてある棚、ひっそり天井付近で佇む神棚、そして、
奥の方で何やら祭壇みたいになっているもの。
「さて、どうする? ここに欲しいものはある?」
紡の再度の問いに、桃子はゆっくり振り返る。
「あります」
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