二十七.生まれて来てくれてありがとう
その後桃子は工房で、今度は素直に
「私が手に入れた物で、つばきちゃんが百年力を注ぐことが出来たろうものは……、これしかありませんよね」
桃子が椿館から『ゲームに勝った賞品』として持って帰った、銀食器のナイフとフォーク。
「私がお土産に持って帰ったのに、一体いつの間に紡さんのところへ行ったのやら」
「式神さんが持ってきました」
「窃盗!」
「式神法律で裁けるんですか?」
「え? うーん……」
桃子は食器を繁々と見る。あの時は大した理由も無く拾ったが、これがつばきの思いと命の結晶だったとは。もしあの時適当に違う物を拾っていたなら……紡がそっと回収はしただろうが、これこそ彼女が驚嘆した奇跡だろうか。
桃子はつばきの顔を眺める。彼女はなんでもないような顔をしているが、これはしっかり言っておくのが礼儀だろう。
「つばきちゃん」
「はい?」
「今こそ、しっかり受け取りました。あなたの思いを」
「……はいっ!」
桃子が食器を箱に戻して鞄に仕舞うと、つばきは試すように聞いてくる。
「お次は?」
桃子にはもう察しが着いている。そもそも取り立てて「手に入れた」というような物も多くはないのだ。用意していた答えを迷わず口にする。
「外に出ましょう。残りは多分、他所にあります」
「こっちの世界だと、初めてお邪魔しますですね〜」
つばきが呑気な声を出したのは、桃子の家の玄関である。
「一応私は紡さん
「この世界でもお母さん、お
「元と同じく専業でしたし」
「相変わらずおっきい和風の持ち家に専業のご婦人、お金持ちですねぇ。道理で甘やかされて育つわけです」
「なんと!?」
中に潜入した時の分まで無駄口を叩いてから、桃子はゆっくり敷地内に侵入した。
二秒で大五郎にバレた。
結局その後、無事母親にもバレた桃子は、咄嗟の幽霊化で姿を消したつばきによる囁き女将で、「忘れ物取りに来た」とその場を切り抜けた。今は安心して和室の(この家はどこも大体和室)押し入れを探っているところである。
「本当に安心ですか? 押し入れに忘れ物してるのなんておかしいですから、絶対怪しまれますよ?」
「大丈夫です。なんたって私のママですから。いくらでも騙せます。民◯書房信じるような人です」
「お母さん、なんちゅう漫画読んでるんですか……」
「あった!」
桃子が押し入れから引っ張り出したのは、
「水、ですか?」
「えぇ、紡さんにもらったはいいものの、使い道分からなくて非常食と一緒に置いといたんですよね」
ラベルの無い、二リットルペットボトル二本分の水である。桃子は軽く光に透かして見る。
「腐ってなきゃいいんですけど……」
「そんなの見て分かるんですか? ボウフラ湧いてるとかならまだしも」
「ま、使い道は『呪』的なものなので、最悪腐っててもいいでしょう」
「雑だなぁ。なんの水なんです?」
そう言えばつばきちゃんがいない時のことか、桃子は二人だけの思い出を、ちょっと自慢するように胸を張る。
「これはつばきちゃんが来る前に紡さんと解決した事件の時の、福井は若狭……」
「天徳寺の霊水『瓜割の滝』ですか。それなら使えそうですね、『呪』的な『傷口を洗えるもの』として」
「あらっ」
桃子の首がカクッとなる。まだまだこの道はつばきの方が
と、何かを察知したつばきが素早く姿を消す。その直後部屋に現れたのは、桃子の母だった。
「ママ。どうかした?」
「はい。お弁当」
「お弁当?」
「せっかく家に寄ったんだし、急いで作ったの。まぁ、温かいおかずとか冷ましてる時間は無いから、おにぎりなんだけど」
「ママ……」
桃子は思わず母を抱き締めた。
「も、桃子? ……桃子」
母は最初こそ動揺したものの、すぐに優しく桃子を抱き止めて背中を撫でる。
桃子はと言えば、わざわざ弁当を用意してくれた母の愛情に、堪らなくなったのだ。世界が変わっても母は母、甘やかし過ぎるくらいに愛してくれる母。
その母が知っている桃子とは違う自分が、こうして愛されることに申し訳無くなったのか、元の世界で母に会ったとしても、もうこの「母」には会えないことを悲しく思ったのかは、桃子本人にも分からない。
しかしただ、こうせずにはいられなかった。
つばきもただ静かに、それを眺めて待ち続けた。
一頻り泣いてスッキリした桃子が次に向かったのは、普段から勤めている京都府警堀川一条交番である。
「ここに最後の一つが……」
「えぇ。この長いような短いような旅で、私が大切な存在からもらった大切なものです」
桃子は引き戸を開けて中に入ると、迷わず壁の方に向かった。そこにあるのは、カレンダーやタイムスケジュール表なんかと並んで、画鋲に引っ掛けられたハンガーにぶら下がる、
赤いワンピース。
「『傷口を塞ぐもの』霊力を纏った布と言えば、妖怪であるぬーが遺したこの服でしょう」
桃子はそっとハンガーからワンピースを下ろすと、胸にぎゅっと抱き締める。
『桃子』
桃子の脳裏にいくつもの光景が流れる。「ぬ」と出会った時のこと、「ぬ」のテレビを見る後ろ姿、「ぬ」が初めて喋った驚き、「ぬ」と出掛けたパトロール、「ぬ」と食べたチャーハン、「ぬ」と遊んだ遊園地、「ぬ」と手を繋いだ確かな温度、「ぬ」の頭を撫でた感触、「ぬ」と抱き合った圧、「ぬ」の自分を呼ぶ声、「ぬ」の笑顔。
桃子は小声でワンピースに囁く。
「ありがとう。最後まで私に大切なものを残してくれて。ありがとう。悲しい生まれだったけど、今まではそのことを恨んだりもしたけれど、今は心からこう言わせて下さい。生まれて来てくれて、ありがとう」
「ぬ」が背中を押したのかも知れない。母の時とは違い、桃子はいつまでもワンピースを抱き締めることはなく、スッとつばきに向き直った。
「さて、これで全部です。向かいましょうか、紡さんのところへ。紡さんを救う為に」
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