八.あのお屋敷へ行こう
スムーズに運ばれて来たかき氷を、早速一口。
「ほーら、やっぱり美味しい。頂点。ナンバーワン。帝王」
「美味しい……悲しい……美味しい……」
つばきの気を紛らわせるのと、かき氷に集中するとすぐ頭をやられるのとで桃子は、適度に会話を混ぜることにする。
「今日は部活帰りですか?」
「いえ、部活はお休みで、夏期講習ですね」
「夏休みなのに毎日大変ですねぇ……。私立中学なんか入るからそうなるんですよ」
「だって入れちゃったんだもん。それに、明日から一週間くらい休みですから」
つばきは唇を尖らせ、ザクザクと氷の山を突いて崩す。
「そう言えば、紡さんはどうでしたか? 私が不在で寂しがってましたか?」
桃子がテーブルに身を乗り出すと、つばきは身を引き肩を竦め、眉を八の字にして笑う。
「すごく快適そうでしたよ? 『快適過ぎて庭にハワイが見える』がここ数日の口癖でした」
「暑過ぎて幻覚見てるじゃないですか! 仕方ありませんね、ここは永遠の愛を誓った者として、しっかり回復させないと……」
「常々思ってるんですけど、その『愛を誓った』とかホンマですか?」
「ホンマですよ! そもそもそんな私がいなかった日々を『快適』とか、これはもう回復よりベッドで思い知らせないと……」
自分自身を抱き締めてクネクネ悶える桃子を、つばきはかき氷より冷たい目で眺める。
「中学生の前でそんな話しないで下さい。それと、そんな暇無いと思いますよ?」
「なんでですか?」
桃子のクネクネがピタッと止まる。
「紡さん明日からお仕事で関西の方に行くので」
「なんと!」
桃子は机に身を乗り出したが、すぐにニヤリと笑う。
「でも聞いたからにはついてっちゃう」
「自由業はいいですね。その辺の融通が利く」
「だからか最近の紡さんは、私が来ないように仕事の話教えてくれないんですよね。リーク感謝します」
「かき氷代で手を打ちますよ」
「ぐふふふふふふ……」
桃子は怪しげな笑いと共に、かき氷をザクザク掻き混ぜる。
「あは。魔女みたい」
「二人の愛の巣、二日空けただけで懐かしいものです」
「紡さんよく『早よ出て行け実家帰れ』って仰ってますよ?」
「なんと!?」
ある人物の店舗兼住宅、及び、桃子の居候先。主人の名前を取って、誰が呼んだか
紡邸
とあだ名されている。
昼夜一年中いつも開け放たれている門を潜り、道に従って玄関へ……向かわず左に逸れて、庭の物干しスペースを横切り、縁側で靴を脱いでそのまま洋風邸宅の方に上がる。玄関こそ鍵は掛かっているが、それ以外は何処でも入りたい放題の家。桃子が初めてこの家を訪れた時から、変わらず不用心な家。
「紡さーん! いますかー!? いますよねー!? 愛しのハニーのお帰りですよー!?」
「……」
「……」
返事は無い。そのまま廊下を歩いて、リビングまで顔を出しても誰もいない。
「あれー? お留守?」
「屋敷の方ですかね?」
「それ困りますよぉ。私、屋敷の方入れてもらえないんですよぉ」
「それは以前桃子さんが、勝手に物置きに入って百鬼夜行入りの箱をひっくり返したからです」
「紡さん一晩で妖怪百体捕獲RTAは伝説でしたねぇ。唐傘お化けとかぬっぺぬほふとか枕返しとか」
「桃子さんが百一体目になるところだったんですよ」
「えへ。と言うかなんで、退治してしまわず箱に詰め直したんでしょうね?」
「預かり物だから勝手に中身減らせないんですよ。私ちょっと屋敷の方見て来ますね」
つばきは桃子を残して渡り廊下へ向かった。桃子は一人リビングに取り残される
ようなタマではない。
「屋敷に入っちゃダメって言われてますけど、庭はダメって言われてませんからね!」
桃子は庭へ降りて屋敷側へ向かった。全く反省していない。百一人目になる日は近い。
「どうして許されると思ったのかな?」
「すいません……」
桃子は屋敷にある紡の書斎で正座をさせられている。あまりにも下手くそな張り込みをした所為で、速攻で屋敷周りをウロチョロしているのがバレたのだ。まぁ上げてもらえたので結果オーライと桃子は考えておく。
そんな桃子の前で、
「久し振りに帰って来たんですから、会いたくなっちゃって」
「二度と会えない世界まで飛ばしてやろうか」
「そんな物騒な……」
このままだと逆に物置きへ放り込まれそうなので、桃子は話題を逸らしにかかる。
「ところで紡さんは、書斎に籠って何をしてたんですか?」
「あぁ、仕事の下調べだよ」
怒り続けること、それも桃子相手だと非常に疲れることを知っているのだろう、紡は話題逸らしにすんなり乗ってくれた。
「今度の仕事はどうやら、
紡は
「だから出発前にその土地の、それを司る者達の
「へー」
よく見ると机には、他にもインターネットのページを印刷したような紙がちらほら置いてある。紡はそれらを集めながらファイルに分けていく。
「手伝いましょうか?」
「いいよいよ、複雑だから。それより桃子ちゃんは自分のことしなよ」
「自分のこと?」
紡がパンパン、と手を叩くと、ややあって書斎の入り口に、彼女の旅行鞄が持って来られた。
「どうせついて来るんでしょ? だったら自分の旅行支度しないと」
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