一.なおそもそもの住み易さは人による
その日桃子は休日で、紡邸の縁側で本を読んでいた。別に普段読書をするタイプではないどころか人生でも学校の課題以外で活字に親しんだことはほぼ無い(漫画を活字と判断するかどうかで話は変わるが)タイプの人種なのだが、割と手持ち無沙汰なタイミングで本が並べてあると何となく手に取ってしまう。
じゃあなんで本が並べてあるかって、それは紡が書斎の本を虫干ししているからである。
「虫干しと言ったら
「陰陽師のくせに科学的とか言っちゃうんですね」
「陰陽道も学問だからね。そんなことより本運ぶの手伝ってよ」
心臓の位置に小さく「heartbeat」と書かれたシャツに運動用のカプリパンツを合わせた紡とそんなやり取りがあってお手伝いをしている内に、ちょっと気になった本を捲ってみたのである。
ちなみに書斎は邸宅ではなく屋敷の方にあるので、桃子は足繁く紡邸に通うも未だに未踏の半分へ遂に立ち入れるかと期待したが、ちょうど邸宅の洋風建築の廊下と屋敷へ通じる時代劇で見るような渡り廊下の境目でつばきから本をバケツリレー的に受け取り邸宅の縁側に運ぶ役目だった為、希望は持ち越しとなった。
「へぇー、安倍晴明って堀川に住んでたんですか」
「それも一条、晴明神社のある所だからね。すぐそこだよ」
桃子が今読んでいるのは安倍晴明についての文献を纏めたような本である。
流石に紡もそういう仕事をしているだけあって、書籍は陰陽道関連のものや宗教関連、民俗学に文化人類学、果ては思想書や洋の東西を問わない魔法魔術、神やらそれ以外のアブノーマルやらを集めた本まで色々蔵書している。後半に至っては「これ絶対コンビニのコミックコーナーでたまに売ってる『ナントカ大全』系だよな」と言いたくなるような本までラインナップされていたり。
しかしそんな最近の紙もカバーもしっかりしている頑丈そうな本もあれば、これは確実に虫干しが必要だろうというかそもそも何時代の書物だよと触るのも恐れ多くなるような本や資料の束もある。
その中で桃子が選んだのが難しそうではない、かと言ってコンビニ本程軽くも見えない(誰に対する見栄なのか)文庫本サイズのこれだったのだ。あと急に思想の話されても分からないが「安倍晴明ってこんな人だよ〜」的話なら自分でも理解出来ると思ったから、というのもある。
「都の
「あは。スポーンって」
庭で布団を干している、雪割草の振り袖に
「いやしかし、そこまでして都を守るって、いい人ですねぇこの晴明さんは」
「どうかな。果たしてそれだけかな」
未だに本の配置をちょこちょこ動かしている紡がボソッと呟く。
「と言いますと?」
「単純に一番良い土地を占めてただけかも知れない」
「はぁ?」
桃子は思わず本を置いて紡の方を見る。
「そんなわけないでしょう! 鬼の巣窟みたいな所なんでしょう、鬼門は?」
「確かに鬼門は鬼がいるとされるけど、それ以前にここは堀川だから」
「堀川がどしたって言うんですか」
「堀と川だよ」
「骨と皮?」
「堀! リバー!」
「あは。鳥レバー?」
「おいつばき」
紡はつばきをジロリと見つつ桃子を縁側から蹴り落とす真似をし、桃子は避けるような動きをする。
「で、それがなんだと言うんですか。意味不明です」
「堀とは一体どういうものかな?」
「堀ですかぁ〜?」
桃子は読んでいた本をもう一度手に取ったが、栞を挟まず閉じてしまっていたので諦めてまた下ろした。
「あれですよね、お城の周りとかに張り巡らせてる」
「そうそう。あれがどういう設備かは知ってるでしょ?」
「馬鹿にしないで下さい。敵が簡単に近寄れないようにするやつです」
「その通り。次に川。もし桃子ちゃんが行こうとしてる街との間に、橋も架ってない大きな川があったら?」
「川の規模にもよりますけど、基本迂回するしかないでしょう」
「川の規模で泳ごうとしないで下さい」
つばきの釘刺しを他所に、紡は桃子の回答に満足そうに頷く。
「でしょう? つまり川にも『外からの侵入を阻むもの』という概念があるんだ」
「だから川は土地と土地の境目になり易いんです。ほら、日本史でも『◯◯川の戦い』って多いでしょう?」
「なるほどですねぇ」
適当に返事したが、桃子が日本史のことなんて覚えてるわけがない。
「つまりそれを両方冠した『堀川』は外に対する防御力において非常に堅く強い『呪』が掛けられているんだ。今時と違ってわざわざ鬼門封じとかしてないと鬼が湧き出る程『呪』に力がある時代だよ? そこに安倍晴明程の人物が『堀川』なんて見つけたらもう……」
「つまり鬼門封じとかに先立って、そもそも好条件の土地だから入ったってことですか」
「私はそう見るね」
「逆に言えば都の鬼門に『堀川』という地名を宛てがった平安京の設計者が達者だってことでもあります」
桃子は安倍晴明の本を手に取ってパラパラ流す。
「なぁんだ、漢気溢れる行動だと思ったのに、ちょっとがっかりです」
紡は桃子から本を取り上げると虫干しの列に戻す。
「でもそれだけじゃないとも思うよ」
「そりゃ鬼門封じしてますけど」
「そこじゃなくて、『堀川』の『呪』について」
「まだなんかあるんですか?」
「『堀川』という囲いにはもう一つの側面がある」
そこで一旦言葉を区切ると、紡は急に桃子を放ってつばきの袖を引っ張った。
「ねぇねぇ、私ウイスキーボンボン食べたいな」
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