七.諏訪の三大学

「別の大学から」

「同じ話」

「ですか」

「さよう」


紡桃子つばきで無意味な言葉のリレーをすると、梅野はにっこり笑ってボウルに柿ピーを開ける。紡は心なしか震えているような声で確認する。


「その大学というのは、どちらに?」

「こちらですな」


梅野はスマフォで地図を出し、その大学の位置を出す。『長野商科大学』とタグが付いたピンが打たれている。


「あの、諏訪学園大学はどちらでしょう」


紡が聞くと梅野は画面をスライドさせる。


「諏訪学園は……」


桃子が画面の端っこを指差す。


「あ! ピン立ってますよ! これじゃないですか!?」

「あぁそれは『富士見ふじみ聖母女学院』っていう別の大学。今『長野 大学』で出してるから余計なのにピン立っちゃってるね」

「あ、はい」


梅野は改めて画面を動かし、


「はい、諏訪学園はここ」


目的地を出した。


「うぅむ……」

「両者とも諏訪地域という括りでは同じ範囲ですが、結構距離がありますね」

「うん」


紡とつばきは渋い顔を付き合わせている。


「何がそんなにマズいんです?」


紡は桃子の問いには答えず、梅野に質問する。


「その、長野商科大学で怪奇が起き始めたのは諏訪学園と……」

「ほぼ同じだね。依頼が来たのはつい最近だけど、聞くとどうやらそこは似たような時期らしい」

「そうですか……」

「だからそれの何がマズいか説明して下さいよ」


紡は溜め息を吐くと桃子の方に向き直った。


「いい、桃子ちゃん? 私達は今まで怪奇を起こしている祟りの根城を探すべく大学周辺の神社を探していた。何故ならチームメンバーの行動範囲内でしか恨みを買うような出来事は起こりっこないから」


紡はまずコーヒーの真ん中にスプーンを立て、その後カップの内壁をなぞるようにスプーンを動かす。


「そりゃそうです。物理的に」

「だけど今回同じ霊障が起きている、つまり同じ所からの祟りを受けているであろう大学が市を跨ぐような距離にあると判明した」

「つまり?」


紡はスプーンを桃子のコーヒーに突っ込む。


「探している神社はもっと向こうかも知れない可能性が出て来た」

「捜索範囲が広がった、と……?」


今度はつばきがテーブルの端と端を掴む。


「これだけの距離が空いて同じ祟りが及ぶんです。下手したら『諏訪』という括りで影響力を持っている神様で、捜索範囲は諏訪全体ともなりかねません」

「なんと!?」

「……こりゃ桃子ちゃんは新幹線だな」


紡はやれやれと首を振った。


「そんなぁ!」

「……」

「……」

「……」

「……」


気不味い沈黙になってしまったので、桃子は気を紛らわせる為にガムシロップの蓋を開ける。すると力を入れ過ぎたか、中身がぴゅっと飛び出し


「あ」

「あ」


シロップはつばきのコーヒーに着弾した。


「ちょっと、私のコーヒーに何してくれてるんですか」

「すいません、手が滑りました」

「あぁー……。まぁ、いいですけどね。シロップ入れたの飲めないというわけでもないので」

「ですよね! ミルク入れてますもんね!」

「もうちょっと悪びれてくれてもいいんですよ?」

「事故なんですから流して下さいよぉ」


そんな桃子とつばきのやり取りを見ている紡は、


「あ、そうか」


ぽん、と手を打った。


「どしたんです?」

「梅野さん! 富士見も諏訪地方、諏訪にある大学はその三つですか!?」

「えぇ? あぁ、はい」

「そうですかそうですか、ありがとうございます!」


紡は勢い良く席を立った。


「紡さん?」

「光明が見えて来た、かも知れない」

「なんと! それは一体!?」

「それを確かめる為に、富士見聖母に行くよ」

「富士見聖母? 唯一まだ祟りの話が上がっていない大学では?」

「そこにヒントがある、と思う。だから」

「だから?」


紡は桃子の手元に視線を落とした。


「早くコーヒー飲んで」

「熱いのに無茶言わないで下さい」






 一行は車で富士見聖母女学院を目指している。もちろん紡は運転しないしつばきは背後霊、いつも怪奇過積載クラシックカーである。

助手席の桃子が紡に尋ねる。


「何故新たに話に上がった長野商科大学じゃなくて、何も起きてない富士見聖母女学院に行くんです? あれですか? 諏訪にある大学の他二つがやられたから、いずれここもやられるだろう、先周り、ってことですか?」


紡は運転してないくせに真面目に前だけ見ながら答える。


「いやぁ? 富士見には祟りが来ないんじゃないかな?」

「え? じゃあいよいよ何しに富士見へ?」

「あ! もしかして!?」


桃子の背後でつばきが大声を出す。


「勘弁して下さいよ」

「ごめんなさい」

「それで、何がもしかしてなんです?」

「富士見聖母女学院だけ祟りが無い……、つまり紡さんはそこに二つの大学の駅伝チームへ呪詛か何かを掛けた人物がいると踏んでいるのでは?」

「なんとぉ!?」

「はっはっはっはっはっ!」


シートベルトの下で跳ねる桃子を他所に、紡は高笑いした。


「私は最初『呪詛じゃない』って言ったけど、もしそうなら神霊を利用出来る程の相当の術者、相対したら陰陽大バトル少年漫画になるね」

「大丈夫なんですか!? スーパー呪い祭りで死んだりしませんか!?」

「Ha-ha。そんなレベルそうはいない」


紡は相変わらずの変な笑い方をすると、アクセルを少し踏み込んだ。勝手に速度を上げられて運転する式神が可哀想である。


「それに私、そうはならないと思ってる」

「なんでですか?」

「ここは諏訪だから」






※諏訪には本来『公立諏訪東京理科大学』という大学があります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る