八.紡諏訪赤蛇始末

 一行は富士見聖母女学院に到着すると、早速陸上部へ突撃……ではなく、構内一の大通りでひたすら道行く人を眺める作業に入った。


「……これは何をしているんです?」

「人探ししてるんだよ? 立派な捜査」


しかし人探しと言われても、桃子には見知った顔はもちろん手配書を見た顔すら見当たらない。


「一体誰を探しているって言うんですか。そもそも来たことも無い場所で個人なんか探せるんですか」

「それは本人が教えてくれると思うな」

「はぁ!?」


確かに道行く人はダブル特有の顔立ちの紡や場違いに幼いつばきのことをチラチラ見たりはしているが、


「まさか本人が見ず知らずの私達に『私は今回の事件に関わりがあります!』とか話し掛けてくると思ってるんですか!?」

「そんなわけないでしょ」


紡はコロコロ笑った。桃子がますます分からない、という顔をしていると、


「来ましたよ」


つばきが紡の袖を引いた。


「来たって? 誰です? 何処です?」


桃子がキョロキョロと周りを見回すので、紡は彼女の掌に指で何か書いた。そしてその指で


「ほら、あそこ」


遠くを指差した。そこには、


「なんと!」


肩から首、顔の辺りまでぐるぐるりと赤い蛇に巻き付かれた、やや小柄で童顔な女性が歩いて来る。


「あ、あれが?」

「そう。あれが私達の見たモノ」

「へぇー、もっと悍ましいモンスターかと思いました」

「ね。向こうが勝手に教えてくれてるでしょ」


紡はスッと雑踏をすり抜けその女性の方へ近寄って行く。


「あ、ちょっと待って下さいよ」


桃子とつばきも後に続く。二人が紡に追い付くと、彼女は既に満面の笑みで女性に話し掛けているところだった。


「すいません! 神社本庁の者なのですが!」


流れるような身分詐称に桃子は言いたいことが無いでもなかったが、話が進まないのも困るので聞こえないフリをすることにした。


「な、なんでしょう?」


女性が少し動揺したように目をパチパチさせると、紡は軽く二、三度頷いた。


「この辺りの神社の調査に来ておりまして。そこで貴女が最近訪れられた神社についてお伺いしたいのです。最近神社に行かれましたか?」

「え……、えぇ、まぁ。随分寂れた所でしたけど」

「なるほど、寂れた……。よろしかったら案内していただけませんか?」

「えぇ!?」


思わず桃子が声を上げた。紡がジロリと振り返る。


「何さ」

「あ、いえ」


神社本庁なんてのがまず怪しいのに(実在するが桃子には知るよしも無い)、その上で一行はスーツじゃないからどう見てもカタギな身分には見えない。そんな見知らぬ集団が『案内=同行しろ』なんてとてもとても……。相手もこちらを訝しむような目で見ている。

すると紡は薄い笑みに変わって、少し冷えるような声を女性に向ける。


「ちょっと思うところはあるんじゃないですか?」

「!」


途端に女性の顔が青ざめていく。何も分からない桃子が見てもちょっと可哀想なくらいだ。しかしそれでいて、少し眉根の険しさが開いたような。

女性は少し俯き気味に目を逸らすと、数秒間時間を掛けた。そして、


「ご案内します。ついて来て下さい」


観念したように顔を上げた。






「こちらがその神社です」


女性が指差した場所は柵に覆われた雑木林があるばかりで、どうにも神社には見えない。


「ここですかぁ? 人が入るような所には見えませんけど」


桃子のリアクションに女性は「そんなこと言ったって」という顔をする。それを察してどうかは知らないが紡が桃子を肘で突く。


「いでっ!」

「そこ、柵が途切れてて入り口があるよ」

「飛び石の道もあります」

「あらほんと」

「そこの奥です。あの、私……」

「ご案内下さい」

「はい……」


女性は紡に促されておずおずと道の先に進んで行った。


「なんか、可哀想な扱いですね」

「あは」






 女性の後をついて行くと小さな鳥居が現れた。その向こうには急に開けたフロアと、


「あれだね」

「はい」


摂社とか末社とかいうサイズの苔生した神社がポツンと鎮座している。


「なんか『も◯のけ姫』って雰囲気ですねぇ」

「池にはなってないですけどね」

「君らは気楽でいいねぇ」


キャッキャと呑気なことを言う桃子とつばきを尻目に紡は溜め息を吐くと、


「あの、私はここで」

「もう少しお願いします」

「はい……」


女性に境内へ入るよう促した。女性は心底嫌そうな顔をしたが、抵抗はせずトボトボと境内へ踏み込む。


「すごく怯えてますよ?」

「そうだね。最初に神社の話題を振った時からあんな感じだった。悪意ある呪術師ならあんな態度にはならないね」

「なるほど。大戦争回避ですか。でもそれなら無理にここまで連れて来なくてよかったのでは? 少し可哀想ですよ?」

「そうは行かないんだ。彼女が始めたことは、彼女に治めてもらわないと」


そう言いつつも紡は、自身が神社の正面に立って祝詞を唱え始めた。


「なんだ、結局自分で治めるんじゃないですか」


桃子の言葉につばきは


「いえ、あれは荒魂あらみたまを安んじるような『呪』じゃありませんね」

「え?」


冷静な説明をした。そしてちょうどそれを言い終わるかどうかの辺りで、



カタカタカタカタッとお堂が揺れ始めた。



「なんと!?」

「ひ、ひぃ!」


桃子と女性が声を上げる内に、



お堂の観音開きがパンッ! と内側から押し開かれ、巨大な赤い蛇が姿を現した。



「ぎゃあああああ!!」


桃子は絶叫しつばきはその後ろに半分隠れ、女性は腰を抜かす。その中で紡が蛇に歩み寄り身振りを交えて何か語りかけると、蛇の方も鎌首をゆっくり縦に振る。紡もうんうん、と何度か頷くと、

蛇を女性の方へ促す。蛇もズズズッと女性の方へ。

堪らず絶叫が響き渡る。


「嫌ぁぁーっ! 許して下さっ! 許して! 嫌ぁ!!」

「つ、紡さん! 何してるんですか! まさか生贄だなんて言うんじゃ……!」


紡は桃子を手で制すると、女性の方へ歩み寄る。女性も涙ながらに紡の足元へ転がり込む。


「たっ、助けて! 私! 許してっ! そんなつもりじゃ!」

「どんなつもりだったの」

「私、ただ『駅伝でチームが優勝出来ますように』って! 『どうかお力添え下さい』ってお願いしただけで! 別に『他の大学に事故を起こせ』なんて!」


そこまで女性が叫ぶと、その頭にそっと優しく手が置かれた。


「え……?」


女性が見上げると、


「知ってる」


紡はにっこり笑っていた。そして、


「だからこそ、貴女が『もう結構です。ありがとうございました』って言ってあげないと。ね?」

「あ……」


それを聞いて女性は少し考えて、意を決し蛇の方を向く。


「この度は私の為にお力添え下さり、本当にありがとうございました。もう大丈夫ですので、どうか治めて下さい。ありがとうございました」


女性が深々と頭を下げると、蛇はまたゆっくりと鎌首を縦に振りお堂の中に戻って行った。






 その後は紡がまた祝詞を上げ、


「ご協力ありがとうございました」


女性に優しく微笑んで全てが終わった。

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