十一.大根も玉子も無い

 夕飯の時間になると今度は全員が食堂に集まった。またしても有原の発案であった。


「もう寝て起きたら最終だぞ! 全員集まって何としても幽霊を当てるんだ!」


とのことであった。

しかし最初の会合と同じく、否、それ以上に空気が張り詰めて誰も迂闊に発言しない。どの発言をどう受け取られるか分かったものではないし、自分が幽霊と判断されるそれすなわち相手陣営の勝利を意味するからである。

そんな中で最初に発言したのはやはりつばきだった。


「皆様の中に、『おでんおかずに白ごはん食べられないよ〜』っていう方、いらっしゃいますか?」

「無理でーす」

「私も」

「清酒は無いのかね」

「あは。残念ながらございません」


大島、美知留、荻野が手を上げた。するとつばきは四人分白米を盛り、三人分具を多めに盛った。


「おでんですか。いいですねぇつむ、さくらさん。さくらさんはおでんのネタ、何が好きですか?」

「バクダン」

「爆弾!?」

「お喋りとはえらく余裕じゃないか」

「ひっ」

「こんな喧嘩売らないと息が出来ない奴のこと気にしなくていいわよ」


有原が美知留をジロリと睨み付ける中、つばきがおでんを配膳する。


「では沖田さんは何が好きなんですか?」


萎縮した桃子を気遣う様に薫が話を振ってきた。


「あ、私は餅巾着が大好きで……」


桃子が皿の中を覗くと、


「なんと!」

「どうかしたの?」

「このおでん、玉子も大根も入ってませんよ!?」


そこにはやたら具の偏ったおでんが盛られている。


「本当だ。牛スジも蒟蒻も無いね」

「竹輪、半平はんぺん、ツミレに薩摩揚げ……はいいとして、なんかナルトや蒲鉾まで入ってるわ」

「これはどういうことなのかね?」

「申し訳ありません。色々切らしておりまして」

「なのに練り物は揃ってるのか……」

「おい! 客を招いといてこの不手際はなんだ」


有原が噛み付かんばかりに睨み付けるが、つばきはニコニコしながら頭を下げるのみで動じた様子も無い。

空気が悪くなりそうなので桃子は薫にならうことにした。


「あ、会沢さんは何のネタがお好きですか!?」

「そうですね……」


薫は皿から具を摘み上げた。


「私はこの、よく分からないんですけどピンク色の練り物とか可愛くて好きです」

「そうなんですか! 確かに可愛いですよね!」


桃子がテンション高めに相槌を打つと、荻野がふっと笑った。


「何と言うか、意外と言うか似合わんと言うか」

「その言い方はちょっと酷いんじゃないでしょうか……」


薫の細い返事に周囲の空気が少し軽くなりかけたところ、有原がテーブルを叩いた。


「そんなこと話してる場合か! 一刻も早く幽霊を見付けなきゃならないんだぞ! もっと建設的な話は無いのか!」

「そう言うアンタこそ建設的な話題を出しなさいよ。散々巡回してたくせに何か見付けてないの?」

「このアマ……!」


有原はワナワナと震えるとつばきの方を振り返った。


「おい! 本当に幽霊は幽霊と分かる行動とやらをしているんだろうな!?」


対するつばきはにっこり微笑んだ。


「はい、ずっとしておられますよ。そして皆様もその現場は必ずご覧になっておられます」

「何だって!?」


有原が思わず立ち上がるのを横目に美知留が半平を齧る。


「何よ、節穴なんじゃない」

「何だと!? どうせお前だって気付いちゃいないんだろう!?」

「分からないからアンタほどイキったりしないわよ」

「この!」


梃子てこの様に不穏な空気が跳ね返って来たので、今度は大島が手を挙げる。


「はいはいはい! じゃあ建設的な話をしましょう! その『幽霊と分かる行動』に心当たりがある人いますか!?」


しかし、


「むぅ……」

「その、私は何も……」

「つ、さくらさん……」

「……」


誰も、誰とも目を合わせようとしない。そして言い出しっぺの大島も


「……実は僕も」


視線を下に落としてしまった。


「どうしましょうさくらさん! これじゃ明日の朝に幽霊を当てるなんて到底無理ですよ!」

「でも『幽霊と分かる行動』はみんなが目撃してるんでしょう? だったら桃子ちゃんにも分かるはずだよね」

「それが分からないから困ってるんです!」

「警察でしょう?」

生憎あいにく捜査一課じゃないもので!」


すると有原がバン! とテーブルを叩いた。


「そうか、分かったぞ! なんだ、分かり切ったことだ!」

「分かったのかね!」


荻野が身を乗り出すと有原は美知留を指差した。


「お前が幽霊だろう!」

「はぁ!? 何でよ! しかもそのイチャモン、昼間の巡回から何回目よ!?」

「理由は単純だ! 毎度毎度俺の言うことに取り敢えず楯突くのは、幽霊として人間側が話を進めるのを潰すためだろう! だからそうやって何かある度に喧嘩に持ち込んで話を逸らすんだ!」

「馬っ鹿じゃないの!? じゃあ言わせてもらうわ! アンタが少しでも反論されるとキレ散らかすのは、幽霊側は一対多で劣勢だから余裕無いからでしょ!? だから話の流れそのものを支配して優位に立ちたい訳でしょ!? アンタが幽霊よ!」

「何だとこのアマ!」

「何よ馬鹿男!」

「あわわわわ……」


動揺する桃子が紡の方を見ると、


「ご馳走様」


彼女は平然とおでんを平らげて両手を合わせている。


「えぇっ!?」

「桃子ちゃんも冷める前に食べちゃいなよ」


そう言うと紡は席を立ってしまう。


「あ! お前! 何処に行くんだ!」


有原がそれを咎めても紡は笑顔で返した。


「部屋へ」

「部屋だと!? まだ議論が……」

「その議論が、ヒートアップした方のおかげで進まないので部屋に帰るんです。静かな所で冷静に考えたほうが建設的でしょう?」

「何だと!」


紡はそれ以上取り合わず食堂を出てしまった。


「待って下さいよ紡さん! あ、まだ退げないで下さいね?」


桃子は食べかけのおでんを退げられないようつばきを制すると、早足で紡を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る