急.
紡は椅子から立ち上がり、尻の辺りをパンパンと払った。
「ま、待って下さい! 説明して下さいよ!」
桃子が立ち塞がると、紡は肩をポンポンと叩いてから横に
「道々、ね」
自分達の客間に戻る途中の廊下や階段も荒れ放題、桃子は言葉を失うばかりだった。
「彼らが全員幽霊だったのは判明したと思うけど」
紡は二階廊下の突き当たりの窓を開けた。開けるまでもない程しかガラスは残っていないが。
「この館自体も彼らが見せる幻影だったわけ。文旦の飴と一緒だ。
窓から見える庭も荒れ果てており、椿なんか一輪も咲いていない。
「そんな……」
「気付けるヒントはあったんだよ?」
紡は着ている装束の裾を摘んで持ち上げる。
「この柄は?」
「雪と椿、ですか?」
「そう。つまりこんな真夏に椿は咲かない」
「そうなんですか……って、紡さん館に着く前からその服でしたよね?」
「うん」
「ヒントが用意出来るって、紡さん
「知ってたよ」
紡はくるりと向きを変えて部屋に向かった。桃子も後に続く。
「どうして!」
「桃子ちゃんに見せた招待状。あれを書いて寄越したのはつばきちゃんなんだけど、実はもう一枚手紙があったんだよ」
「えっ」
「そこに全部書いてあったんだ」
紡は部屋を開けて自分の鞄を担いだ。
「全部ってことは、もしかして参加者全員幽霊だってことも?」
「もちろん」
「あれだけドヤ顔で推理しといて、真相はズルっこですかぁ!?」
「向こうもグルだったんだからいいじゃん」
紡は部屋を出て階段へ向かう。
「でも私は手紙で知ってたけど、つばきちゃんは桃子ちゃんにも分かるようにヒント出してたんだよ?」
「え、そうなんですか?」
「うん。食事を思い出してご覧」
「食事? えーと」
「かき氷、カレー、練り物オンリーのおでん」
紡は階段を降りながら一、二、三と指を立てる。
「それが何か?」
「かき氷のシロップはどのフレーバーも実は同じ味、カレーも具が違ったとしても使ってるルーは同じ、練り物だって一つ一つは違う名称でも素材は全部魚の擂り身。みんな同じ、みんな幽霊」
「そんなの分かるわけないじゃないですか!」
「最初のルール説明の時、チェスの駒が人間の青は二つで後は全部幽霊役のキングと同じ透明だった」
「それも無理です!」
紡は階段を降りると食堂へ向かう。
「車は外ですよ」
「ちょっと寄り道」
「いやしかし、つばきちゃんは中立の主催者側では? どうしてそんな肩入れを?」
「中立じゃないよ。あの子はね、館に住み着いたあの幽霊達を払って欲しくて私を呼んだんだ。あの幽霊達にバレないよう餌を呼ぶフリをして」
「と言うのは」
「元々あの館は大正時代に富豪が建てたもので、つばきちゃんはそこの使用人だったんだよ」
「え、待って下さい? 大正? 今令和? あの子十四歳って?」
「あの子も幽霊だよ」
「なんと!?」
「あの子は幽霊としてずっとあの館に留まっていたんだけど、それから時代が流れて新たな館の住人や、事件に巻き込まれて裏の山に埋められてしまった人とかの霊が廃墟となった館に住み着くのをずっと見ていたんだ」
『警察だったら!』
『これだから警察は……』
「あ……」
桃子の脳裏に美知留の顔が浮かんだ。
「最初は幽霊同士仲良くやってたらしい。でもその内彼らは、廃墟探検に来た若者や動画投稿者を餌食にするようになったんだ。さっきの私達を食べようとしたみたいに」
「あぁ……、立派な悪霊ですね」
「だから除霊を頼んだ。つまりあの子は最初からこっち側だったってわけ。ある意味『「幽霊が幽霊と分かる行動」をしている幽霊』はつばきちゃんだったわけだ」
紡は食堂に入っていく。
「そ、そう言えば除霊って……」
「あれは
「そうじゃなくてですね……? 館ごと除霊したんでしょう? その、つばきちゃんは……」
「……」
「……その方が、いいのかも、知れ、ません、ね」
山奥の廃墟では、その後の沈黙を掻き消す音はしなかった。
「……桃子ちゃん、賞品選びなよ」
「えっ」
「ゲームに勝ったら何でも持って帰っていいんだ。貰って帰りなよ」
紡は桃子の背中を押した。と言っても相変わらずボロボロで大した物は無いのだが。
「まともに使えそうなのがこれしかないじゃないですか。かき氷の時もそうですよ、選択肢が無いんだから」
桃子は床に落ちている銀食器を拾おうとしゃがみ込んだ。そして、すぐには拾わずしばらく鼻をグズグズ言わせているのだった。
しばらくしてナイフとフォークを鞄に仕舞った桃子はゆっくり立ち上がって力無く笑った。
「しかし二人とも酷いですね。それなら私にも教えておいてくれたらよかったのに」
「ごめんね。本気で騙されてる人がいた方がいいだろうって結論になってね。それで桃子ちゃん連れて行こうって話になって」
「それで話が行ってるから私がかき氷は宇治金時練乳って知ってたんですね。これまたコアな情報を」
「ん? まぁいいや。お土産も決まったなら帰ろうか」
紡はさっと出口に向かった。
「待って下さいよ、紡さんはお土産いらないんですか?」
「私はもう貰ってるから」
紡は懐からペンを取り出した。
「それ紡さんのじゃないんですか?」
「私のだよ?」
「じゃあ何がお土産に……」
「Ha-ha」
紡はペンのキャップを外した。すると中からポン! と
漫画みたいな煙と共に正座したつばきが飛び出してきた。
「えっ?」
「あは」
「えっ? えっ?」
「何でも貰っていいって話だからね、つばきちゃん貰って帰ろうかと」
「えっ? えっ?」
「これからよろしくお願いしますね」
二人は固まった桃子を無視して館の外へ歩いていく。
「じゃあ労働条件については道すがら……」
「待ったーっ!!」
「何さ」
「な、な、それは?」
「私だってつばきちゃんが消えたら悲しいからね。ここに匿ってたんだよ」
「コーヒーを持ってきた時ですね」
「そうそう。だから今朝は大事な最終会合だったのにつばきちゃんいなかったでしょ?」
「え……、あ……」
「三食昼寝晩酌付きでいいかな?」
「素敵です!」
二人は玄関を抜けて館の外へ出ていく。
「え、お酒飲むんですか!? 十四歳ですよね!?」
「あは。幽霊なので。生きてたら百歳なので」
「ええぇぇ〜!? 絵面が!」
「そんなのどうでもいいよ。桃子ちゃん早く車出して」
紡が後部座席のドアをコンコン叩く。
「は、はい!」
そうして車は走り出し、桃子の不思議な連休は幕を閉じた。
後にはただただ、廃墟が残るばかりである。
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