第四話 こっくりさん

序.

「こっくりさんこっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」


夕暮れの学校の教室。四人の女子生徒が一つの机を囲んでいる。

机の上には『はい』、『いいえ』、五十音、数字、そして簡素な鳥居の絵。それらが書かれた紙の上で、全員が人差し指で一つの十円玉を押さえている。

その十円玉がそそそっと『はい』の方へ。


「きゃあっ! 動いた!」

「すごーい!」

「だぁれぇ? 動かしたの」

「ミユじゃな〜い!」

「え、怖……」

「でもそういうモンなんでしょ? こっくりさん呼んでるんだし」

「まぁ真相は誰かが無意識で動かしてるらしいけど」

「ロマン無〜い!」

「それより質問しようよっ! 何聞く何聞く?」

「えー、まずはカナの好きな人を」

「やめてっ!」

「えー、駄目?」

「決まってんじゃん!」

「……じゃあここはやっぱり?」

「あのイケメンサッカー部の?」

「え、マジ? マジ?」

「ナカジの好きな子しかないっしょーっ!」

「イエーイ!」

「オワアアア!」

「じゃあ行くよ〜」


彼女達は指先に、十円玉に意識を集中させる。


「こっくりさんこっくりさん、中島克己なかじまかつきの好きな人を教えて下さい」


すると十円玉がゆっくりと五十音をなぞり出す。


「ヤバいヤバい! 動いてる!」

「ナカジの好きな子分かっちゃう!」

「誰!? 誰!?」

「えーっと、『ち』『え』『み』……、えっ、あの千恵美!?」

「意外ーっ!」

「なんだよー! 私じゃねぇのかよー!」

「いやー、私らが無意識でやっても千恵美は出て来ないわー。こっくりさんマジヤバいわー」

幸穂ゆきほも参加すればよかったのにー」


一人が少し離れた位置に目を向けた。そこにはもう一人、この催しに参加していない女子生徒がいる。

その少女は少し怯えた態度で盛り上がりを眺めていた。


「や、私は、その、怖いから……」

「しょうがないなぁ」

「まぁいいんじゃない? それがユキの持ち味だし?」

「それより次は何聞くー?」

「それはもちろん今度の競馬のですな」

「オッサンじゃーん!」

「それより国語の田中たなかのさー」


少女達が益々盛り上がる中、帰りたいなと思いつつ中々「先に帰るね」と言い出せないのが幸穂であった。






 どれくらいそうしていたか。無限ファミレスが象徴する乙女の話題の豊富さも、身近な話題の、それも質問に限るとようやく尽きてきたようだ。


「次何聞くー?」

「私はもう無いかな」

「同じく」

「指疲れた」

「じゃあもう終わる?」

「終わるべ終わるべ」

「なんで訛ってんの」

「あ、そうだ」


少女の一人が「いいこと思い付いた」という顔をした。


「幸穂! 特別に一個だけ君の質問を聞いてしんぜよう」

「わ、私!?」

「さぁさぁ」

「わ、私はいいよぉ。なんか怖いし……」

「まったく! 好きな男子のこととか無いの!? 女は度胸だぞ怖がり幸穂!」

「ひぃぃ」

「こんなチャンス無いんだからさ?」

「えぇと……、じゃあ、この前のひぃちゃんからの相談電話、途中から寝ぼけててどんな受け答えしたか覚えてなくて……。ひぃちゃん怒ってないかな?」

「うーん、これはこれで乙女」

「友人関係に悩む乙女」

「直接聞けばいいことも聞けない乙女」

「いやいや、多分直接聞いて『大丈夫だよ』って言ってもらえたけどやっぱり気になる乙女」

「もう! そういうのいいから!」

「では、こっくりさんこっくりさん、比嘉夏生ひがなつきは電話で櫻井さくらい幸穂に腹を立てるようなことをされましたか?」


『いいえ』


「いいえだってー。よかったじゃんユキ!」

「うん、よかった」

「じゃあ終わろっか」

「うん」

「異議無ーし」

「よし、こっくりさんこっくりさん、どうぞお戻り下さい」


こっくりさんを締めるフレーズである。これで十円玉が鳥居の絵に向かう

はずなのだが



十円玉はうんともすんとも言わない。



「あれ? なんで?」

「ちょっと、誰か押さえ付けてる?」

「ミユじゃない……」

「えっ、待って。ヤバくない?」

「え、ど、どうしよう」


少女達が動揺していると、



ガラッ!



「「「「「わっ」」」」」


音のした方を見ると、そこには引き戸を開けたジャージ姿の屈強な男性教員が突っ立っていた。


「何しとるんだ。遊んでないで帰って宿題やれ」

「お、小野おの先生……」

「びっくりさせないでよ……」

「そんな驚くことないだろう。隠れて悪いことでもしてたか」

「そ、そんなんじゃないし!?」

「小野先生巡回? 早く仕事に戻ったら?」

「なんだなんだ邪険にして。まぁ構わんけど、暗くなる前に帰れよ」


小野はのっそのっそ立ち去って行った。


「ふぅ〜、びびったぁ〜」

「小野マジヤバい。こっくりさんよりヤバい」


少女達は胸を撫で下ろした束の間、あることに気付いた。


「あ、十円……」


少女四人とも、驚いた拍子に指が十円玉から離れてしまっていた。


「えっ、やだ、嘘っ」

「これ、ヤバくない?」

「確かこっくりさんって、ちゃんと帰すまで指離しちゃいけないんだよね?」

「待って待って待って!」

「どうしよどうしよ」

「ありえないんだけど!」


恐慌状態の少女達はただただ纏まらない思考を口から垂れ流しているばかりだったが、その内一人がポツリと呟いた言葉で流れが変わった。


「そもそもこいつ、帰そうとしたのに動かなかったじゃん」


だから私達は悪くない、そう思えるポイントが一つあればよかったのだろう。少女達はそれに縋るように言葉を並べる。


「そうじゃん! ルール違反は私達じゃなくてコイツじゃん!」

「ねー! それでアウトとか言われたら詰みゲーじゃん!」

「かーっ! つっかえねぇこっくりだなぁおい!」

「じゃあこれで終わり!」


少女の一人が一転すんなり摘み上った十円玉を、鳥居の絵に叩き付けるように置いた。


「よし! こっくり帰った!」

「終わり! オッケーオッケー!」

「残業禁止!」


こうして怒りと勢いに任せてこっくりさんをログアウトさせた少女達だが、やっぱり何処か気持ち悪いのだろう、十円玉をゴキブリでも入ったジップロックのように摘み上げると、


「幸穂、十円欲しい?」

「絶対いらない!!」






 乙女の脳内は忙しい。家帰ってSNS見て寝て朝起きてSNS見たらもう昨日のどうでもいいことなんて忘れてしまうものだ。

幸穂も昨日のことを忘れてはいなかったが、もうあまり気にならなくなっていた。怖いけど実際迷信だとは思うし、第一私参加してないし。

なので気兼ね無く昨日見たイケメンアイドルのネットニュースでイツメンと盛り上がっている内に、担任が教室に入ってきた。


「あ、ホームルームじゃん」

「あー、だる……」

「そういやカナ来てないね」

「遅刻ぅ? やっば」

「そこ早く席着いてー」


生徒が全員着席したところで担任が朝のホームルームを始める。


「それじゃあ出席から……」

「せんせー! カナが来てませーん」


イツメンの一人が先んじて答えると、担任の表情が少し曇った。



「あぁ、栗原くりはらさんはね、今朝交通事故に遭ったから今日はお休みなの」



「えっ」


幸穂の背筋に冷たいものが走った。

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