二.車と式神
正直お米で食べたかったよなぁ、とかパスタに失礼なことを思いながらもそもそカレーを食べていると、桃子の正面に座る紡が「そういえば」といった風に切り出した。
「近く、私とつばきちゃん暫くいなくなるから」
「ご旅行ですか!? この私を置いて!?」
「お仕事」
桃子がガタッと立ち上がる。
「そんな!? この私を
「じゃあ何だったらいいんだよ……」
「なんであろうとよくありません。私達は三つで一つ、キ◯グギドラです」
「あは。想像したら超キモい」
「というわけで私を置いてお仕事なんて許しません!」
「でももう先方と日取り決めたし。その間休みなってんの?」
「嘘の怪我してでも休みますよ!」
「で、マジの怪我したと」
「あは。言霊」
「だから付いてっていいですよね!」
「半ギレだ」
「マジギレではないでしょうか」
紡達が仕事に発つ当日。ある貸しガレージの前。
そこには仕事に行く故か、白の漢服に
そして、正直お二人の世界観統一した方がいいのでは? と思っている、仕事の筈の桃子が私服でいる。何故桃子がここにいるのかと言うと、
先日何処からともなく現れた野生の猿の捕獲作戦に当たり、見事右腕をザックリ行かれたのだ。それで厨二病みたいに腕を包帯で覆った桃子が
「この怪我では職務を負えないので有給を……」
といつもの喧しさが見る影も無い哀れなる有り様の、蚊の鳴くような声で懇願すると(どうせどうでもいい交番配属ということもあって)休みが貰えたのである。
「で、ここは何処なんですか」
「貸しガレージ」
「それは分かります。なんで貸しガレージに来たのか、ということです」
「私の家は他の建物で完全包囲されてるじゃん? 出口細い路地しかないじゃん? だから車入れられないんだよね。というわけで他所にガレージ借りてる」
「……ちょっと待って下さい?」
桃子は痛くない左手の方を額に当てる。
「いつだったか、車を出すよう要求された記憶が……?」
「したね」
「自分の車持ってるんじゃないですか! なんで私に出させたんですか!」
「運転するなら慣れた車の方がいいでしょ? まぁ全然慣れてる様子は無かったけど」
「完全に足扱い!」
騒ぐ桃子を完全無視して紡はガレージのシャッターを上げる。中には、
「なんですかこのブリキのオモチャみたいな車は」
「アル◯ァロメオ」
「アル◯ァロメオ!?」
陰陽師丸儲けな水色のオープンカーがちんまり居座っている。
「私のとは大違いです」
「チャリンコと一緒にしないで」
紡は運転席に座ると何やらあちこち撫で回している。
「ま、今回は私腕怪我してますからね。ご自分で運転されることですね!」
「私は運転しないよ」
「は?」
紡は背もたれに身を沈める。
「え? じゃあどうやって? まさか!?」
「あは。無理ですが?」
つばきは旅行鞄を積み込みながら桃子の視線を往なした。
「馬車なら動かせますけど」
「そっちの方が驚きですよ。で、誰が運転するんです?」
「さぁさぁ出るよ。乗って乗って!」
エンジンが掛かったようだ。古い車体が細かく揺れる。しかし、
「ジュリエッタスパイダーは二人乗りですが、一体どうするんですか?」
つばきの言う通り、そのクラシックカーは座席が二つしかなかった。
「……桃子ちゃん」
「ここまで来てお留守番は嫌ですよ」
「そんなんじゃないよ」
「あは」
「……つばきちゃん何してるんですか?」
「あは」
つばきは桃子の肩に手を置いてふわふわ浮いている。あとなんか下半身が煙のようになっている。
「つばきちゃんは今、君の背後霊になってるだけだよ。大騒ぎするようなことじゃない」
「サラッととんでもないことしないで欲しいんですが? というか私の肩に女の子が捕まって棚引いてたらSNSでお祭りになりますよ」
「一般人には見えないように薄まっといてもらおうか」
「薄まる……」
こうして人数を圧縮して座席を確保したところで、
「しゅっぱーつ!」
紡の声に合わせて車が動き始めた。
しかしどう見ても紡はハンドルを握っていない。
「ちょちょちょ! ハンドルハンドル!」
「平気平気」
紡が目まで閉じ出すと、ハンドルは独りでに右に切れた。
「はれっ!? こんな時代の忘れ物みたいな車に自動運転ですか!?」
「違うよ。『式』さ」
「四季?」
遂に紡は手を頭の後ろで組んだ。
「我らが偉大なる先人、
「まぁ陰陽師知ってるなら常識ですね」
「今はそれに車の運転してもらってる」
「なんと」
よく見れば紡の足はアクセルにもブレーキにも掛かっていない。だというのに車は法定速度を守って公道を真っ直ぐ走り、赤信号で止まる。
「紡さんも式神持ってたんですねぇ」
「持ってたも何も、桃子ちゃんも何度か会ってるでしょ?」
「へっ?」
「初めてウチに来た時桃子ちゃんの分のミル・クレープ用意したり、何時だったか桃子ちゃんがアイスティー飲みたいって言ったから氷持って来たり」
「あ、あ、あれって全部式神がやってたんですか!?」
「そうだよ」
「でも『会ってた』って言われても、今みたいに見えないんじゃ分かりっこないんですが」
「Ha-ha! ごもっとも!」
紡は手持ち鞄からルイボスティーのペットボトルを取り出した。流石に運転席にいるので飲酒は控えるようだ。
「で、私達は何処へ向かってるんです?」
「高知の山」
「山! それも高知県ですか」
「鰹の刺身食べたいねぇ」
紡はまるで旅行に行くようなテンションである。
「それはそうと紡さん」
「何かな?」
「ポーズでもいいのでハンドルは握って下さい」
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