二.車と式神

 正直お米で食べたかったよなぁ、とかパスタに失礼なことを思いながらカレーを食べていると、桃子の正面に座る紡が「そういえば」といった風に切り出した。


「近く、私とつばきちゃん暫くいなくなるから」

「ご旅行ですか!? この私を置いて!?」

「お仕事」


桃子がガタッと立ち上がる。


「そんな!? この私をけ者にして!?」

「じゃあ何だったらいいんだよ……」

「なんであろうとよくありません。私達は三つで一つ、キ◯グギドラです」

「あは。想像したら超キモい」

「というわけで私を置いてお仕事なんて許しません!」

「でももう先方と日取り決めたし。その間休みなってんの?」

「嘘の怪我してでも休みますよ!」






「で、マジの怪我したと」

「あは。言霊」

「だから付いてっていいですよね!」

「半ギレだ」

「マジギレではないでしょうか」


紡達が仕事に発つ当日。ある貸しガレージの前。

そこには仕事に行く故か、白の漢服に猩猩緋しょうじょうひの前掛けと上着が一体になったようなもの(銀糸で睡蓮の刺繍が入っている)を重ねた格好をした紡、小豆色の袴に若竹色の振り袖なつばき。

そして、正直お二人の世界観統一した方がいいのでは? と思っている、仕事の筈の桃子が私服でいる。何故桃子がここにいるのかと言うと、


 先日何処からともなく現れた野生の猿の捕獲作戦に当たり、見事右腕をザックリ行かれたのだ。それで厨二病みたいに腕を包帯で覆った桃子が


「この怪我では職務を負えないので有給を……」


といつもの喧しさが見る影も無い哀れなる有り様の、蚊の鳴くような声で懇願すると(どうせどうでもいい交番配属ということもあって)休みが貰えたのである。


「で、ここは何処なんですか」

「貸しガレージ」

「それは分かります。なんで貸しガレージに来たのか、ということです」

「私の家は他の建物で完全包囲されてるじゃん? 出口細い路地しかないじゃん? だから車入れられないんだよね。というわけで他所にガレージ借りてる」

「……ちょっと待って下さい?」


桃子は痛くない左手の方を額に当てる。


「いつだったか、車を出すよう要求された記憶が……?」

「したね」

「自分の車持ってるんじゃないですか! なんで私に出させたんですか!」

「運転するなら慣れた車の方がいいでしょ? まぁ全然慣れてる様子は無かったけど」

「完全に足扱い!」


騒ぐ桃子を完全無視して紡はガレージのシャッターを上げる。中には、


「なんですかこのブリキのオモチャみたいな車は」

「アル◯ァロメオ」

「アル◯ァロメオ!?」


陰陽師丸儲けな水色のオープンカーがちんまり居座っている。


「私のとは大違いです」

「チャリンコと一緒にしないで」


紡は運転席に座ると何やらあちこち撫で回している。


「ま、今回は私腕怪我してますからね。ご自分で運転されることですね!」

「私は運転しないよ」

「は?」


紡は背もたれに身を沈める。


「え? じゃあどうやって? まさか!?」

「あは。無理ですが?」


つばきは旅行鞄を積み込みながら桃子の視線を往なした。


「馬車なら動かせますけど」

「そっちの方が驚きですよ。で、誰が運転するんです?」

「さぁさぁ出るよ。乗って乗って!」


エンジンが掛かったようだ。古い車体が細かく揺れる。しかし、


「ジュリエッタスパイダーは二人乗りですが、一体どうするんですか?」


つばきの言う通り、そのクラシックカーは座席が二つしかなかった。


「……桃子ちゃん」

「ここまで来てお留守番は嫌ですよ」

「そんなんじゃないよ」

「あは」


「……つばきちゃん何してるんですか?」

「あは」


つばきは桃子の肩に手を置いてふわふわ浮いている。あとなんか下半身が煙のようになっている。


「つばきちゃんは今、君の背後霊になってるだけだよ。大騒ぎするようなことじゃない」

「サラッととんでもないことしないで欲しいんですが? というか私の肩に女の子が捕まって棚引いてたらSNSでお祭りになりますよ」

「一般人には見えないように薄まっといてもらおうか」

「薄まる……」


こうして人数を圧縮して座席を確保したところで、


「しゅっぱーつ!」


紡の声に合わせて車が動き始めた。

しかしどう見ても紡はハンドルを握っていない。


「ちょちょちょ! ハンドルハンドル!」

「平気平気」


紡が目まで閉じ出すと、ハンドルは独りでに右に切れた。


「はれっ!? こんな時代の忘れ物みたいな車に自動運転ですか!?」

「違うよ。『式』さ」

「四季?」


遂に紡は手を頭の後ろで組んだ。


「我らが偉大なる先人、安倍晴明あべのせいめいが式を使っていたってのは有名でしょ?」

「まぁ陰陽師知ってるなら常識ですね」

「今はそれに車の運転してもらってる」

「なんと」


よく見れば紡の足はアクセルにもブレーキにも掛かっていない。だというのに車は法定速度を守って公道を真っ直ぐ走り、赤信号で止まる。


「紡さんも式神持ってたんですねぇ」

「持ってたも何も、桃子ちゃんも何度か会ってるでしょ?」

「へっ?」

「初めてウチに来た時桃子ちゃんの分のミル・クレープ用意したり、何時だったか桃子ちゃんがアイスティー飲みたいって言ったから氷持って来たり」

「あ、あ、あれって全部式神がやってたんですか!?」

「そうだよ」

「でも『会ってた』って言われても、今みたいに見えないんじゃ分かりっこないんですが」

「Ha-ha! ごもっとも!」


紡は手持ち鞄からルイボスティーのペットボトルを取り出した。流石に運転席にいるので飲酒は控えるようだ。


「で、私達は何処へ向かってるんです?」

「高知の山」

「山! それも高知県ですか」

「鰹の刺身食べたいねぇ」


紡はまるで旅行に行くようなテンションである。


「それはそうと紡さん」

「何かな?」

「ポーズでもいいのでハンドルは握って下さい」

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