第八話 噫不浄

序.

 時は夕暮れ、ここは兵庫県丹波篠山たんばささやまの山中。桃子は上げた車のボンネットを前に押し黙っている。目の前には何やらゴチャゴチャと機械系統が詰まっているが……。


「無理ですよ紡さん。私にこれ系の知識はありませんし、あったとしても片手じゃ作業出来ません」

「うーん、車の修理が来るのも時間掛かるだろうし、近辺で泊まるところ探そうか」

「それが無難ですね。桃子さんのことも考えれば、早めに落ち着いて休める方が」

「だ、大丈夫ですよ! 病気じゃないんだから!」


慌てて手を振った桃子だが、その動きで鋭い痛みが走る。


「うっ」


傷口を手で覆う桃子。幸い包帯に血が滲んではいないので傷口が開いたとかいうことはないらしい。


「ほら、無茶しない。病気と違って悪化することはないかも知れないけど、消耗すれば治りが遅くなるのは一緒」

「しかしぃ……」

「……サボりじゃなくて有休で来てるんだから、どっか泊まってゆっくり遊んでもいいと思うけど」

「ですかねぇ……」

「あは。あんまりお金持って来てなくても、ここは紡さんが持ってくれますよ」

「ハイグレードな所に泊まりましょう!!」

「こいつ……!」


もう休憩なんていらないんじゃないかと思えるほど元気になった桃子を横目に、紡は腰に手を当てて溜め息を吐いた。


「まぁ、今回は仕事の役にも立ったし給料代わりでいいけど」

「あっ、そもそもスマホ圏外みたいです。どの道修理呼ぶのに電話借りれる所探さないとでしたね」」

「幽霊なのに携帯持ってるんですね」


稀な優しい言葉は桃子に届いていないようだ。






「じゃあ行こうか。道すがら旅館っぽいのがあるのは見てたし、戻って行けば外すことはない」

「それにこっちの方が下りですからねぇ」


紡とつばきが峠道を降ろうとするので、桃子は慌てて呼び止めた。


「ちょっと待って下さい! 誰か車に残った方がいいと思うんですが……、もしかして私に残らせようとしてます?」

「嫌なの?」

「嫌じゃないわけないじゃないですかぁ!」

「冗談冗談、忘れてただけ。じゃあ」


紡は車を指差した。


「彼に残ってもらおうか」

「はい? 馬鹿なんですか?」

「なんだって?」

「いえいえいえ! ナンでもライスでも! 車に残ってもらうは意味不明でしょう!」

「違うよ。彼だよ彼」

「はい?」


紡の指差す先は、正確にはハンドルである。


「ここまで運転してくれた『彼』」

「あぁー、式神さん……って彼? とか彼女とかあるんですか? はいいとして、暫定彼、目に見えないでしょう」

「見えるようにしていけばいいじゃん」


紡はハンドルに手を触れて小さく何事か唱えると、目に見えない何かを両掌に乗せているようなポーズを取る。


「今そこに式神さんが乗ってるんです?」

「乗ってます。桃子ちゃん、見た目どうする?」

「選べるんですか」

「今ならそのオプション込みでお値段そのまま」

「なんの話ですか」


桃子は少し考えて、


「車の運転手をしてくれたので……、セ◯スチャンって感じで」

「はいはいセ◯スチャン」


紡は見えない何かを地面に置いて人差し指と中指を立ててブツブツやると、


「おっおおおっお、なんか、なんか出来ていきますね」

「少しキモいですね」

「つばきちゃんなんてこと言うの」


人に化けるスライム型モンスターみたいな動きで、はっきりとは見えないが何かそこにいる『プ◯デター』みたいな見え具合で人型になっていく式神。そして最終的に形を決めて色が着き始めると……。


「はい、セ◯スチャン」

「……」

「……」

「なにさ」

「セ◯スチャン……」

「って言うよりこれは……」

「なんだよ」

「ウ◯ルター?」

「時◯?」

「またコアな執事キャラを……」


こうして一行はウ◯ルター・セ◯スチャン=時◯(職業:式神 年齢不詳)を残して峠道を下っていった。

道中無事、


「ぎゃっ!」

「どうしたの?」

「なんか! 虫! デカいのが! ガガンボのお化けみたいなのが!」

「あは。馬尾蜂うまのおばちですね。昔はよく見たんですが」


桃子がよく分からない虫にビビり散らかしたり、


「紡さん?」

「……」

「紡さーん」

「……」

「つ! む! ぐ! s」

「うるせぇ!」


紡が脹脛ふくらはぎの痛みで不機嫌になったり、


「ぎゃあああ!」

「今度はどうしたの」

「お、お、お化け! 向こう側が見えてる女の子が!」

「あは。私ですよぅ……」

「つ、つ、つばきちゃんが透けてる!? まさか!? 待って! 成仏しないで! 私寂しいですよ!」

「ちょっと疲れてるだけです……」

「疲れると透けるんですか……」


つばきが疲労のあまり透けたりするアクシデントがあったが、なんとか小さな民宿に辿り着いたのである。

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