一.ナンパな男

「はい、はい、そういうわけでして、はい、よろしくお願いします」


紡は電話を受話器に置いた。


「電話ありがとうございます」

「いえいえ、御用は済みましたか?」

「はい。お陰様で」


熊男として百点の風貌をした男、野間のまは思ったより慇懃いんぎんである。彼はこの『民宿松毬まつぼっくり』の主人でもある。事前の電話も無くやって来た紡達を快く受け入れ、電話も貸してくれてその間に部屋を整え、夕食も三人分増やすのに即対応すると胸を叩いたナイスガイだ。

三人は野間がてがってくれた二階の部屋に向かう。


「いやー、助かりましたねぇ」

「ほんとほんと」

「あは。でも修理の人驚くでしょうね」

「なんでです?」

「だって電話してきたのは紡さんの女性の声なのに、現場に行ったら時◯しかいないんですもん」

「あっ!」

「どうしました紡さん!?」

「セ◯スチャンに喋る機能付けるの、忘れた……」

「えぇ……」


致命的なミスをどうしようもないまま二階へ上がると、サイドボードと調度品が色々置いてある廊下で男一人女二人が話し込んでいた。と言っても、


「ねぇ君ら、ここには何しに来たの?」

「え、えっと……」

「ハイキングですけど何か?」

「へぇー! 僕はバイクで峠を攻めるのが趣味で」

「そうですか……」

「ふーん」

「ハイキング、写真とか撮るんですか? その首から提げてるごっついカメラ!」

「だったらなんですか」

「すごいなー! いい写真撮れました? 良かったら僕の部屋に来ませんか? 出来れば写真見せて欲しいし、お話も聞きたいなぁなんて」


「うわぁ紡さん、あれ見て下さいよ。露骨ぅ」

「見ないよ。ああ言うのは目が合うと厄介だから」

「あは。チンピラかな?」

「チンピラでしょ」


女性二人組を壁際に詰めて低レベルなナンパをしている黒Tシャツにペインターパンツの男。ゴールドブラウンの髪をベリーショートにした、Tシャツにフライトジャケット、ジーパンの女性(首からカメラ提げてる方)が気の強い顔立ち通りの対応をしているのでまだいいが、もう片方のストレートの黒髪が肩甲骨辺りまである、ボタンダウンシャツにカーディガン、ロングスカートの女性の方は完全に萎縮してしまっている。

桃子の『市民守りたいゴコロ(不定期開催)』に火が着く。


「ちょっとやめさせてきます」

「えー? やめときなよ。今度は君が絡まれるよ」

「そうですよ、非番で負傷者なんですから。『君子危うきに近寄らず』と申しましてね」

「だとしてもです。己の使命!」

「いつもは行方不明な使命のくせに」

「まったくもう、いつもいらない所で思い出すんですから」


ちょうど桃子が割って入ろうとしたタイミングで、ベリーショートが苛立ちを隠さず吠えた。


「鬱陶しいのでやめてもらえます? アンタと話とかしたくありませんから。マコ、行くよ!」


そのままマコと呼ばれた黒髪の手を引いて大股で階段へ向かう。その際に綺麗なサイドボードの上の花瓶にマコの手が当たり、床に落ちそうになったのを男が反射的に止めた。そうしている間に二人はずんずん進んで行ったので、男は引き留めることに失敗した。完全に拒絶された男は所在無いのを誤魔化すように演技掛かった肩の竦め方をしている。


「なぁんだ、桃子ちゃんいらなかったね」

「あは。あの人の方がよっぽど警察官向いてそう」

「なぁんですかなんですか! 別にいいじゃないですか何事も無いなら!」


すると桃子の大声に反応したのだろう、男が三人の方を向いた。


「げっ」


と誰かが呟くが早いか、男は作ったような笑顔を浮かべてこちらに歩いてくる。


「こんにちはお嬢さん方。初めまして」

「初めましてぇさようならぁ」


紡がビジネススマイル全開の上品なイントネーションで横を素通りしようとすると、男は前に立ち塞がった。


「待って待って! こういう所で会うのも何かの縁ですし、ちょっとお話しませんか?」

「しませーん」

「まぁまぁ、そう言わずに。こんな綺麗な人と出会えるなんて、奇跡なんです」


紡と男の押し問答が続く。桃子は唇を尖らせた。


「見て下さいよつばきちゃん。あの男、美人の紡さんにしか話し掛けませんよ? 下心見え見えです。あーやだやだ」

「桃子さんも美人ですよ」

「んもぅ、この子ったら!」

「でも私と同じチンチクリンなので男に相手されません」

「なんと!」


そんなやり取りをしている間も男はひたすら紡に話し掛けている。取り付く島がない紡も流石だが、そろそろなんとかしたい頃合いである。


「さて、警察の捕縛術を使ってでもお引き取り願いますか」

「片手でも出来るんですか?」

「愛の力でなんとかします」

「一体いつからそういう関係になったんですか」


桃子が気合い入れて腕捲りした所で、


『〜♪』


男のスマホが鳴った。


「あ、ちょっと失礼」


男が通話に出ると、


『センパーイ、今何してるんですかぁ?』


急に甘ったるい喋り方の萌え声が桃子にまで聞こえてきた。


「あぁ、花ちゃん、あのね」

『もしかしてまたナンパしてるんですかぁ? ひどーい! 信じられなーい!』

「あぁ、いや、違うんだよ」

『もう他の女の子に掛けないって約束したのにぃ!』

「ナンパなんかしてないって!」

『知ーらないっ!』


しかし向こうから通話を切られないあたり、萌え声は男がご機嫌取ってくれるのを期待しているようだ。男も紡を諦めてその子を宥めに取り掛かる。


「お、おう……。これまた強烈なのと付き合ってらっしゃるんですね……」

「彼女さんがいるのにナンパ、不潔です」

「でもあの彼女だったら浮気したい気持ちも分かるような……」

「自業自得ですよ。ああいうのに騙される愚か者」


桃子とつばき二人して男をき下ろしていると、ずっと廊下を進んだ紡が手を振っている。


「おーい、何してるのさ。早く部屋入ろうよ!」

「あぁはい、ただいま!」


桃子は部屋の方に向かいながら、最後にチラッと男の方を見た。いまだに男は萌え声にヘラヘラペコペコ謝っている。

なんか面倒な所に泊まりに来てしまったな、野間がいい人なだけに余計残念な桃子だった。

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