七.紡、憑物の正体解きたること

「で、正体は掴めたの?」


明くる日の近藤のデスク。桃子は紡の要求を伝えに来たのだ。


「掴めてるっぽいですけど教えてはくれません。ただ、解決するのに親御さんを呼べと仰っていて」

「才木と奥さんをかい?」

「はい。なのでなんとなくですが、実義君個人ではなく一家に何か憑いてるんじゃないですか?」


近藤はコーヒをー少しだけ啜る。


「なるほどねぇ。才木にはこっちから伝えとくよ。ご苦労さん」

「はっ!」


こうして日を合わせて才木夫婦がやって来ることになった。






 その当日。一行と才木一家は狭い実義の四畳半に集まった。才木の威厳たっぷりで厳しそうな顔と妻のいかにもいいところのマダム然とした雰囲気に桃子は若干気圧けおされたが、どうやら向こうも桃子はともかく小紋こもんを来た茶髪の若いねぇちゃんと童女の組み合わせには面食らっているようだ。そして実義も


「カウンセリングの人だったんじゃ?」


と首を傾げている。独特の緊張感で全員正座。そんなやや硬い空気の中で平気そうな紡が、オオルリアゲハが舞う袖を翻す。


「では、始めましょうか」

「お願いします」


才木がぎこちなく頭を下げる。紡は才木の頭が上がり、目が合うのを待ってから冴えた声で切り出した。


「単刀直入に申しますが」

「はい」

「神社に問題があったわけでもなければ、実義君に何か憑いているわけでもありません」

「なんと!?」


桃子が誰より先に大声を出すと、つばきが素早く後ろからドラマの誘拐シーンみたいに口元を押さえた。


「あは、あは、あはぁ……」

「あの騒霊みたいなのは置いておいて、事実です」

「そ、そうですか」

「単純にどうしていいか、どうしたいか分からないだけですね」


それを聞いて実義は少し俯き、才木夫妻は彼の方を見る。


「一体どうしたんだ実義」

「そうよ、今までずっと目標を持って頑張ってこれたじゃない! どうして急にそうなるの?」


実義は何も言えずに俯いてしまう。尚も夫妻が詰め寄るように顔を覗くと、代わりに答えたのは紡だった。


「彼が頑張って目指して来た目標はなんですか?」


才木が所謂『鳩が豆鉄砲喰らった』ような顔をする。


「はい? それは中学受験だったりいい高校や大学に行ったり、叶いませんでしたが医学部に入って医者になることだったり」

「それは誰が言い出したことですか?」

「はい?」


紡はそっと、実義に柔らかい視線を向ける。


「勉強の全ては医者になる為の過程であり、つまりは最初にそうするよう仰ったお父さんの目標であって、実義君の目標ではありません」

「そんな馬鹿な」


才木は実義の方を振り返る。多少動揺している雰囲気はあるが、紡はそれにお構い無し。


「それだけではありません。彼とお話しさせていただいてよく分かりました。物心ついた時にはピアノや水泳、勉強に打ち込ませてからは仲の良い家庭教師。あなた方は実義君に色々与えてはその都度、勉強の為に捨てさせて来た。その結果彼には勉強しか残らなかった。それは学生生活の思い出を聞いても、何をしたか成績がどうかばかりで友人関係や楽しかったという話が一切無いことからも明らかです」


少しずつ相手がワナワナ震え出すのに対して、紡は淡々と、何処か興が乗っているのかというようなテンポで話を続ける。


「つまり彼は今までの教育の結果、与えられること、それをこなすこと、奪われることしか知らないのです。しかし医学部に入れなかった時、医者になれないとなった時、彼は指標を失いあなた方も与えなかった。暫くは大学の勉強に打ち込むことで目を逸らせていたけれど、就活に直面した今になってそのツケで路頭に迷っているのです」


才木は紅潮した顔で紡を睨み、妻は俯いて何も言わない。


「今まで実義君の人生は彼のものではなかった。勝手に横から弄くり回すあなた方のものだった。はっきり言って彼は人生なんて生きたことが無い。ある意味あなた方がピアノや家庭教師なんかより深刻に奪い取ったものだ。それを急に返されても困るのです。他人が途中まで作った、どういう味付けかも作り方かも分からない料理を美味しく仕上げろったって、そんなの出来っこないように」


紡が一段楽しげに付け加えると、才木が声を張った。


「よく分かった! もう十分だ! お帰りいただこうか!」

「ひっ!」


あまりの剣幕に桃子は思わず声が漏れたが、紡は笑顔のまま反抗することも無くスッと立ち上がった。じっと置き物のようだったつばきもそれに続く。

正座で足が痺れて立てない桃子を無視して、去り際紡は実義の横で足を止めた。


「最後に一個ヒントをあげる。君、『僕は経済学部なんですけど、就活を考えた時に』って言ったよね? 君は就活をするにあたって、誰も目標や指針を与えてくれないから所属してる学部にそれを求めている。なのに君がその指針と業界に従って就活を進めず『何がしたいか分からない』って言うのはチャンスなの。経済学って枠を忘れて自由に考えてごらん? ピアノは無理かも知れないけど、君にはもう一つ『楽しい』って言ったことがあったよね?」

「お帰りいただこうか!」


才木の二度目にも紡は怯まずにっこり頭を下げる。


「お邪魔致しました。請求書は後程お送り致しますね。さ、桃子ちゃん何してんの。さっさと退散するよ」

「あっ、ちょっ、待っ」


桃子は負傷兵かのようにつばきに肩を貸され、先々進む紡を追う。背中に感じる気不味い雰囲気を振り払うべく、彼女は違うことを考えた。すなわち疑問。

桃子も紡の言うことは分かるが、それにしてもこの親子の過剰な反応やここまでの無気力は不可解に思えるのだった。

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