急.

 一行は実義の下宿を辞去し、駅に向かって歩いているところ。


「一応クレームとか代金踏み倒しとかに備えて弁護士探しとこうかな?」


話の内容に対して紡の声は気楽そのものである。才木の怒号はまったく効いていないようだ。呑気に伸びなんかしちゃっている。


「あは。それよりなんかお腹空きません?」

「君は何が無くともお腹空いてるのと違うか?」

「バレたか」

「Ha-ha!」

「A-ha!」


つばきも岐阜蝶の袖を揺らして紡と戯れる。そこに割り込むのにちょっと躊躇したが、桃子は意を決して話し掛ける。


「あの、よろしいですか?」

「何かな?」

「ちょーっと、納得が行かないんですよね」

「何が?」


桃子の脳裏に怒る才木の顔と力無い実義の顔が浮かぶ。


「確かに紡さんの言ったことはズケズケと無遠慮でしたし、元より人の神経を逆撫でするところもありますが、それにしても才木さんキレ過ぎじゃありませんでした? 落ち込むとかならまだしも」

「桃子ちゃんに神経逆撫でされて私がキレそうなんだけど?」

「あは。私が許しましょう」

「よし、殺す」

「二人して話の腰を折らないで下さいよ!」


桃子は制裁のトマホークチョップをガードしながら続ける。


「それに実義君だって、まぁそういうことがあったっていうのは分かりますが、それでもあそこまで何もかも見失う程に育ちますか!?」


すると紡はトマホークチョップの雨霰をピタッと止め、腰に手を当てて「ふふん」という態度を取った。


「まぁ言葉だけを追っていたら、一々あの家族の示す反応や結果はオーバーであるかも知れないね」

「ですよね!」

「言葉の表層だけをなぞったらね」

「そういう言い方をするってことは……」


桃子がぐっと身を乗り出す。


「『呪』ですか!?」

「違うね」

「違うのっ!」


桃子の首がカクッとなる。


「じゃあなんなんですか!」

「私が最初におかしいと思ったのはね」


紡は淡々と振り返る。


「桃子ちゃんが話を持って来た時」

「最初の最初じゃないですか! で、何が引っ掛かったんです?」


紡は歩きながら視線が煙草の自販機に引かれている。「前向いて歩く!」とつばきに首の向きを無理矢理修正された。


「『説教したけど受け答えがぼんやりしてるから神社で何かに憑かれたのかも』って件」

「それが何か」

「後でカウンセリングに乗り込んだ時も、実義君に確認したら『精神科には行ってない』って言ったんだよ?」

「……」


桃子が要領を得ていないと素早く判断したつばきが補足を入れる。


「普通行くとしたら、先に精神科じゃありません? 息子が無気力になったのなら」

「あぁ!」

「そう。いくらなんでも平安時代じゃあるまいに、しかもお医者さんが『陰陽師に頼もう』なんていうのは、まぁおかしい」

「確かに。でもそれが私の疑問とどう繋がるんです?」

「後は実義君が経済学部っていうのもねぇ」

「はいぃ?」


紡は人差し指を立ててルンルンと振る。


「普通息子を医者にしたい、医学部に入れたいなら受からなかった時に一年浪人させるとかするんじゃないかな? もしくは京塔じゃなくとも別の大学の医学部には受かってたかも」

「それは確かに……。『浪人は許さない!』ってスタンスだとしても他所の医学部なら……」

「そこなんだよ。きっとあの両親はおそらく『浪人』も『京塔以外の大学』も認めなかったんだ」

「なるほど……」

「そう考えると精神科飛ばしてウチに話を持って来たのもなんとなく分かる。世の中には『精神を病むのはメンタルが貧弱な奴。恥ずかしいこと。甘え』って考える人が一定数存在する。つまりプライドなんだよ、才木夫妻の。『ウチの息子が精神を病むような弱い子なんてことも、京塔大でもなければしてや浪人なんてことも認めない!』っていう」

「あー……」

「そこまでプライドが高い人なら、さっきの紡さんに言われたことで怒り心頭になりますし、息子さんがすっかり自分を見失う程の子育てをしていてもおかしくないですね」

「……」

「遂に短い相槌すら打たなくなったね」


紡が笑うと、ちょうど一行は駅に着いた。ICカード乗車券で改札を通ってホームへ。


「だからまぁ、桃子ちゃんが話を持って来た段階で私は『呪』による事件じゃないと踏んでたのさ。言ったでしょ? 『気乗りしないな』って。ま、あそこまで行ったらある意味『呪』と言えるかもだけど」

「へぇ〜、あれはそういう……」

「人は割と、パッと見説明がつかないことと同じくらい、都合悪いことも『呪』の所為にしたがる。だから頼まれた仕事がただの人間の心理ってケースは結構多い」

「それはそうかも知れません。紡さん、『呪』だけじゃなくて『呪』じゃないことの見分けもつくんですね」

「古美術の鑑定と同じだよ。本物と同じくらい贋作にも詳しくないと仕事にならない」

「はぇ〜……」


桃子が終始頭を使ってなさそうな相槌をしている内に、駅のホームのスピーカーが鳴った。


『間も無く、二番乗り場に、電車が参ります……』






 これはそれから数ヶ月後の話。明日休みの桃子が紡邸に泊まりに来てたっぷり飲み明かし、三人が起きたのは昼過ぎだったのだが、それから新聞を取りに行ったつばきがハイテンションで戻って来た。


「二人とも! これ見て下さい!」

「またなんかすごい一面でも載ってるの?」


二人の前に差し出されたのは一枚の手紙だった。そこには、



『お陰様で教育関係の会社に就職が決まりました。ありがとうございます。 実義』



「祝杯をあげるのが一日早かったみたいだね」


紡の言葉に大笑いした桃子は、二日酔いの頭に大ダメージを受けた。

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