三.桃子東京さ行っただ

「というわけで、しばらく私はいないんですよ。寂しいですか?」


桃子は両腕を広げる謎のポーズを取った。


「そんなどう考えても公式には無理そうな仕事で、本業空けても許されるの?」


対する紡は頬杖突いて、どうでも良さそう。


「警察官にはボランティア休暇っていうのがありましてね。年五日まで、ボランティアに従事することで勤務の代わりに出来るんです。で、寂しいですか?」

「でもそれって上に提出する書類とか要りますよね?」


つばきは皿に溢れたとんかつソースをハンバーグに塗りたくる。


「そういうのは課長と先方でなんとか誤魔化してくれるようです。で、寂しいですよね?」

じゃの道は蛇って感じ?」

「あは。ちょっと違う気もしますね」

「寂しいですよね!?」


桃子が思いっ切りテーブルを叩いて立ち上がると、紡は迷惑そうに睨んだ。


「ちょっと、ビールが溢れちゃうじゃん」

「私は『寂しいか』と聞いているんだッ! 『寂しい』と言えーッ!!」

「あらやだこの人急に怖い」


つばきがわざとらしく自分の身体を抱いてクネクネする横で、紡は依然頬杖のまま溜め息。



「寂しくないよ。私達も行くもん」

「えっ」



「どういうことです?」


桃子はストンと椅子に座った。紡はグラスのビールを一気に飲み干す。


「どういうことって、私達も吉川さんから仕事の依頼が来てるの」

「え……?」

「そっちの話にも『何日も前から、近隣住人より’’夜中にうるさい’’って苦情が来てる』ってあったでしょ? どうやら最近、柳町氏は夜になるとなんだか半狂乱になるみたいでね。もしかして何かに取り憑かれてるんじゃないかってことで話が来たのさ」

「まさか芸能界からも顧客が来るとは……」

「むしろ芸能人は芸名の姓名判断とかでお仕事多い業界ですよ?」

「はえ〜」


いまだにポカーンとしている桃子に対して、紡は挑発するように身を乗り出した。


「だから私もついてってあげるよ。どう? 嬉しいかな? おん?」

「嬉しいですね!!」


桃子は満面の笑みで即答。煽ったつもりが全然効いてない桃子に紡はちょっと間抜けな顔になり、つばきはそれを見て


「あは」


と笑った。






「東京だーっ!」


桃子は改札を出るなり、海賊王になる決意を秘めてそうなポーズを取った。


「あは。往来で、羞恥心とか無いんですか?」


花紺青はなこんじょうのアットゥシに見えてよく見たらトレンチコートとウシャンカで、ニットの手袋をして裾から黒タイツの脚が覗くつばきが遠巻きに鼻で笑うと、


「他人のフリしとこ」


白いナポリボタンダウンにネクタイ代わりの鴨の羽色スカーフ、濃藍こいあいのウエストコートにストライプパンツスーツと前を開けたアルスターコート、牛革の手袋にいつものベレー帽の紡は自販機の方を向く。


「実は私、東京初めてなんですよ!」

「へぇー」



ちなみに新幹線も初めてだったようで、道中の桃子の様もすごかった。


「景色がビュンビュン過ぎて行きますよ!」


と窓に張り付き、それに飽きると車内販売のすごく固いアイスを全種類貪り食った。限定販売のポテトチップスはもちろん、コンビニでも売ってるし普段なら買わないようなおやつも、空気感に騙されと買い込んだ。


「いいお客さんだね、ホント」


対照的に紡は酒を買ったりはしなかった。一杯やってるところに客が来ることはあっても、流石に仕事が控えている状況で飲みはしないらしい。意外だと呟いた桃子は殴られかけた。



「まぁ桃子ちゃん初体験はどうでも良いとして」


紡は軽く桃子の肩を突き放す。


「ちょっと、如何わしい言い方しないで下さいよ。あとどうでも良くないし!」

「つばきちゃん、待ち合わせは何処だっけ?」


つばきは腕時計を見る。


「大体四十分後くらいに、南乗り換え口前のサンドイッチカフェですね」

「ありがとう」

「えらく時間の余裕ある行程ですね」

「迷子になってもいいようにっていうのと、ちょっと付近を物色する時間とか。着いてすぐ仕事の話も忙しいし」

「なるほど」


とは言うものの、桃子が期待したウキウキ都会ショッピングとは違い、紡は本屋で時間を潰してしまった。






 一行は時間が近くなったのでカフェに行き、店頭のガラスケースにズラッと並んだ種々色取り取りのサンドイッチに釘付けになる桃子とつばきを、紡が奥襟掴んで店内に引きずり込むと、既に今回の依頼人吉川菊代が席に着いていた。

白いTシャツブラウスに白銅はくどう色のストライプパンツスーツで黒いハイヒール、髪の毛を後ろで束ねて四角い銀縁眼鏡の向こうに切れ長のやや吊り目は、いかにも「仕事が出来る」印象を与える。


「仕事しか出来なさそう……」


迂闊に呟いた桃子のくるぶしやや上に、紡のローキックか飛んだ。菊代はそれに気付いているのかいないのか、すっと立ち上がる。


「丹・紡・ホリデイ=陽さんですか?」

「はい」

「お話は光琳玲こうりんれいから伺っております」

「どうも」


光琳玲って確か、癖のあるオバハン役に定評のある役者さんだったかな、と桃子は顔を思い浮かべる。


「そして、あなたが沖田桃子さん」

「あっはい! よろしくお願いします!」


どうやら二人が一緒になって来ることは織り込み済みだったようで、菊代から別件の相手が連れ立っていることに対するリアクションは無かった。そしてつばきみたいな童女がいることにも。


「もうすっかり紡さんの一部として認知されてますね」

「あは」


桃子とつばきが私語をしていても気にしない。菊代は綺麗で深いお辞儀をした。


「柳町誠のマネージャーを務めております、株式会社マクブルームの吉川菊代と申します。どうぞよろしくお願い致します」

「あ、はい……」


それはいいのだが、桃子は菊代の名刺と柳町のポートフォリオも同時に渡されて、一体どうすればいいのか分からなかった。

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