四.多分サンドイッチの件で怒ってる
菊代に促されて席に着くと、彼女は早速身を乗り出した。
「陽さんには以前お話しした通り、沖田さんも近藤君から話を聞いていると思うのですが」
「はい」
「……」
「……沖田さん?」
「桃子ちゃん」
「はいっ!」
桃子は横に座る紡に尻を
「……よろしかったら何か召し上がりますか? ご馳走しますよ」
「本当ですか!?」
「え、えぇ……」
引き気味に眼鏡をくいっとやった。真ん中を人差し指で持ち上げるやつではなく、両サイドの弦の付け根辺りを親指と中指でブレーンクローのように抑えるスタイル。
「すいません、こんな社会不適合者を連れて来てしまって」
「こんなのでも必死に生きてるんです」
「大丈夫ですよ。後で近藤君に怒りの長文を送りますから」
紡とつばきが取りなすと、菊代は眼鏡を上げた手で悩ましそうに額を抑える。当の桃子はと言うと、この距離で会話が聞こえていないのか意気揚々と椅子から立ち上がる。
「やったぁ! 何にしよう! フルーツサンド系は外せませんよね! 紡さんは何にします?」
「ゆっくり考えるから取り敢えず君は行って来なさい」
「行って来まーす!」
「あの、『何個まで』とか『何円以内』とか指定しなくて良かったんですか?」
つばきが菊代の顔を覗き込むと、彼女は消え入るような声を絞り出した。
「ここのサンドイッチ、平気で五百円くらいしますものね……。経理と殴り合ってでも経費で落としてもらいます」
「お察しします……」
結局桃子は『ミカンとパインと生クリーム』『ショコラとバナナと生クリーム』『マンゴーと生クリーム』を買ってもらってご満悦、紡とつばきは遠慮しといた。新幹線であれこれ食べて、よくもまぁまだ入るものである。
一行は菊代が運転する車の中にいる。紡が助手席、桃子とつばきは後部座席。社用車なのかマネージャー業は儲かるのか、国産のハイブランド車である。
「まずは柳町のマンションの方へ向かわせていただきます」
「桃子ちゃんからお仕事だね」
「あへえぇ……」
正直地域課の桃子に事件性があるか無いかみたいな判定は出来ないのだが、サンドイッチ買ってもらっといて今更無理とは言えない。なので往生際悪く抵抗してみる。
「当の柳町さんからは聞けないんですか? 不審者が侵入して来たとか、逆に頭痛がして倒れただけとか」
「柳町は『何も覚えていない』と申しておりまして」
運転中の菊代は振り返らずに答える。至極当然のことなのだが、それがちょっと抵抗している自分に対して、取り付く島が無いように感じる桃子だった。
「でも、家の中荒れてたんですよね? 怪我もしてたとか。普通に考えて事件では……」
「ここ最近柳町は、家の中で暴れて他の入居者とトラブルになっています。それで勝手に怪我をした可能性も」
「それだとその、病院で頭の検査をした方がいいのでは? 倒れてたんですよね?」
「ですので柳町は現在入院しています」
「だったらもう病院から世間にバレちゃうじゃないですか! それが困るから私呼んでるんですよね!? もう普通に警視庁に頼みません!?」
「入院した病院はウチと提携していて、早い話、入院やら闘病やらを黙っていてくれる『駆け込み寺』です。問題ありません」
「……」
桃子の抵抗は
「まだ他にご質問はございますか?」
車は無情にも(?)高級住宅街
高級タワーマンション高層階。遊びでお邪魔出来るならどれだけ楽しかったか。しかし今の桃子にそんな余裕は無い。依頼された仕事が出来なくて怒られる未来が確定しているのだから。
どうして地域課に出来ない仕事を安請け合いした課長! 叫びたくなった桃子だが、どうせ「菊代が別嬪だから」とか「菊代が元カノ」とか碌でも無い答えしか返って来ない気がしたので、緊張と共に唇をキュッと引き結んだ。
「ここが柳町の暮らしている部屋です」
合鍵か本人から託されたか、菊代は持っていた鍵でドアを開けた。
「うわっ」
確かに室内は荒れ放題であった。リビングへ続く廊下にまでゴミやら家具やらインテリアやらが散乱し、壁も傷や汚れが目立つ。廊下でこれなら、生活の中心たるリビングはどうなってしまっているだろう。せめて生活範囲を小綺麗にする為に廊下が犠牲になっているならいいが、過ごす時間が長い部屋は余計荒らしているとかなら目も当てられない。
「お願いします」
菊代が室内へ手を差し出して促す。
「私は外で待っとくよ」
「あは。私も遠慮しときます」
「えっ」
ただでさえヤバそうな部屋に、それも出来ない仕事をしに行くというのに、桃子は見捨てられてしまった。
「ちょっとちょっとちょっと! 私を一人にするんですか!?」
すると桃子がゴネると長くなると思ったのだろう、菊代が彼女の腕を掴んだ。
「お一人が嫌でしたら私が同行致します。さぁ行きましょう」
「あっ、ちょっ、待っ! あぁ〜!!」
そのまま桃子は引き摺られていった。
「果たして桃子さんの運命や如何に!」
つばきのケラケラ笑う声が耳に残った。
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