五.見た目は大人、頭脳は子供(百歳以上)

「靴は脱がないことをお勧めします」

「うわぁ……」


予想は悪い方へ。リビングに入ると、そこは廊下より荒れていた。カンフー映画の撮影でもしたのかという程、あちこち物が散乱しているしボロボロだ。


「これとか絶対高いのに……」


桃子では一生手が届かなそうな革のソファはズタズタ、アンティーク調の棚はガラス戸が割れている。照明インテリアも薙ぎ倒され、壁掛け時計や絵なんかも、床が定位置かのよう。

台所のシンクも、洗っていないどころか粉砕破砕された食器の山、床にも落ちていて危ない。と言うか割れた食器だけでなく、ナイフとか包丁も落ちている。土足推奨なわけである。


「では始めていただけますか?」


菊代はなんとか難を逃れている水槽の熱帯魚に餌をやっている。


「あっ、はっ、はい……」


とは言ったものの、桃子にはどうしようもない。何一つノウハウが無いのだから。


「桃子さん」

「はいっ!」


急に耳元で小さな声がした。慌てて振り返ると、


「あれ?」

「どうしたんですか」


誰もいない。菊代が訝しむようにこちらを見ている。


「あれぇ?」


桃子が首を傾げると、


「私です。つばきです。今見えなくなっています」


また小さな声がする。


「おや」

「しっ。静かにして下さい。今から少し助けてあげますから、絶対に声を出さないで下さいね?」


本当!? という顔で桃子は小さく素早く首を縦に振る。すると、


「!?」


桃子の身体が勝手に動いた。混乱する脳内につばきの声が響く。


『今ちょっと桃子さんに取り憑いています。コントロール借りますね』


すると桃子の喉が勝手に震えて音を出す。


「吉川さん。あなたが倒れている柳町さんを発見した時、部屋の鍵は開いていましたか?」


自分は何も話していないのに、自分の声が響き渡る、なんだか変な感覚である。しかもつばきが自分の声で喋っていると思うと余計である。

対する菊代は別段違和感を感じてはいないようだ。素直に顎へ手を当て、記憶を探っている。


「いえ、閉まっていたかと」

「となれば、ただの押し入り強盗の類いではありませんね。わざわざ鍵を閉めて帰るようなお行儀良い輩はいないでしょうし」


桃子(つばき)は玄関に向かう。正直身体が勝手に動く感覚というのは相当気持ち悪いし、足が床に落ちている家具なんかに当たりそうになる度、声を上げそうになる。それを我慢して表に出ると、紡が暇そうにスマホ見ていた。それを尻目に桃きは鍵穴をライトで照らしたりサムターンを見たり。


「サムターンカバーにも鍵穴にも引っ掻いた跡は無いので、ピッキングやサムターン回しで侵入したり退散する時に施錠したり、は無さそうですね。となると十中八九、事件であれば合鍵持ちということになります。管理人以外で誰か心当たりはございますか?」

「いえ、それこそ私くらいでしょうか? 恋人などが出来たら報告するように言っていますが、何も言われてませんし。ご両親には渡していないようです」


つば子は少し考えると、


「となると、柳町さん御自身で相手を招き入れるしか可能性はありませんね。電話やSNS、メールなどの各種連絡ツールの最近のログを洗って、倒れられた日にこの部屋へ来るアポを取っていた人物を探しましょう。それがいなければアポ無しで来ても部屋に上げたりする関係の人。そういった方がロビーの防犯カメラに映っていなければ、事件性は大体クリアでいいのではないでしょうか。お隣りの美人を部屋にホイホイ招いたとかなら、今回こちらに依頼した経緯からして公表なさらない方がいい内容ですし、もしあなたが合鍵で犯行に及んだなら、我が身が危ないので真相解明なんかしません」

「なるほど……。流石近藤君が寄越しただけのことはありますね」


菊代はブレーンクローで眼鏡の位置を調整しながら、感心したように頷く。まさか近藤が一番使えない奴をなんていうことは、夢にも思わないようだ。彼は絶対学校でお弁当を忘れたクラスメイトにカンパする時、自分がいらないとか渡すタイプである。


「一応ファンデーションで即席指紋採取は出来ますが、結局解析するには専門機関に持って行くことになるので、今出来る証明はこの程度でしょうか」

「分かりました。では教えていただいたポイントだけチェックしてみます。ありがとうございました」

「あは。それでは私の役目は果たしたということで」


自分の声で「あは」はやめてほしいと桃子が抗議する前に、なんとなくつばきが離れて行くのが分かった。

満足気な菊代と一緒に部屋を出ると、紡とつばきが待っていた。


「お疲れってか、お憑かれ」

「うはは」


桃子は曖昧に笑いつつ、つばきに耳打ちした。


「しかしつばきちゃん、あんな捜査も出来るんですね。すごい!」


しかしそれに対してつばきは、


「あんなのそれっぽいこと適当に言っただけですよ」


強かな百年童女だった。その横で紡が呟く。


「それよりさ、スキャンダルだったら困るから、黙秘してくれる身内に頼んで桃子ちゃんが呼ばれたってことだけどさ、そのスタンスでマジの事件だったとして、結局警視庁に通報するんかね?」

「……しなかったら、今回の全部意味無いですよね」


その疑問に対する答えは無いが、エレベーターに向かって歩き出している菊代がこちらに振り返って紡を見た。


「次は陽さんへのご依頼です。柳町の入院している病院へ向かわせていただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る