五.素敵なお水

「これが博次君のお食事リストです。しかし、何故大学の友人に? 普通食生活はご家庭に聞くものでは」

「用意してもらった献立と自分で食べるものを選んだのでは献立が違うでしょ?」


あれから二日ほど過ぎての紡邸。今日は陽射しが強過ぎるので屋内の紡邸リビング。紡は桃子からリストが載ったメモ帳を受け取ると煙草も置かずにパラパラ捲る。


「ちょっと、もっと真面目に読まなくていいんですか?」

「いいんだよ、大体の予想は付いてるから。だからざっくり答え合わせだけでいい」

「私の努力は一体……」


項垂うなだれる桃子に紡はリストを突き返すと、スマートフォンを取り出した。


「おや、そういうの持ってるんですね。しかも最新型」

「持ってるに決まってるでしょ」

「いや、猫とか鳥で連絡してくるんですもん」


紡はそれを取り合わず乗り換え案内を調べている。


「連絡先交換しませんか?」

「なんで?」

「なんでって……」


紡は桃子の方を見もしない。


「ふーん、片道二時間強二千二百三十円かぁ。ねぇ桃子ちゃん、私明日一日いないから」

「いないんですか。どちらへ?」

若狭わかさ。日帰り弾丸旅行」

「いいですねぇ、一緒に行きたい」

「君は仕事でしょ」

「ちぇっ」






 そして土曜日。桃子が交番でお母さんの手作り弁当を掻き込んでいると、


「もし」


最近聞き馴染んだ声がした。


「はいはい」


桃子が戸を開けると、交番の看板に一匹の蝉が止まっていた。


「おばあちゃん連れて病院においでよ」


その蝉が馴染んだ声で喋る。


「こういうことになるから連絡先をですね」


桃子の抗議に対して蝉は「うるせぇ」とでも吐き捨てるかのように飛び去って行った。






 桃子とおばあちゃんが病院に着くと、紡は既にロビーでソファに座って待っていた。傍には大きなスポーツバッグが置いてある。


「紡さん、来ましたよ」

「やぁ桃子ちゃん。君も登録したら? 善行は積むものだよ」


紡はどうやら骨髄バンクのパンフレットを読んでいるようだ。


「そういう紡さんはどうなんですか」

「ドナーカードなら記入したけどね」

「あの……」


何だか人道的な話が盛り上がりそうなのでおばあちゃんがおずおずと割り込んだ。


「あぁはい、そうですね。博次君を起してあげないと」






 病室で相変わらず点滴を打たれて眠る博次青年を取り囲む三人。紡は看護師さんに確認を取る。


「博次君の体を拭いてあげてもいいですか?」

「是非やってあげて下さい」


看護師さんは笑顔で任せてくれたので紡はタオルを取り出した。


「身体を拭くんですか?」

「うん」

「それだけですか?」

「うん」


生返事を隠さず紡はバッグからペットボトルを取り出す。


「何ですかその水は。RPGに出てくる聖水的なアレですか?」

「いんや別に。おばあちゃん」

「はい!」


紡に呼ばれて博次の側で静かにしていたおばあちゃんが前に出る。


「この水で博次君の身体をくま無く拭いてあげて下さい。日に三度、三日もやれば目を覚ますでしょう」

「本当ですか!?」

「それで駄目ならまたご連絡下さい。じゃ」

「じゃ、って、紡さーん!?」


説明もそこそこに病室を去っていく紡を、桃子は慌てて追い掛けた。


「紡さん、どういうことなんですか。言葉足りな過ぎておばあちゃんポカーンとしてましたよ!」

「だって、早く帰りたいし」

「どうして」

「私も人並みに病院は苦手」

「そんな幼稚な……」

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