四.桃子と「ぬ」と秋の日々
「ぬ」を引き取った(取らされた)桃子だが、やはり実家には連れて帰れない。親への説明がメンドくさいにプラスして、実家でハリケーンを起こされたら堪ったものではないからだ。
そういうわけで桃子は彼女を取り敢えず交番に連れて来た。まだ勤務時間だし何より、
「ここなら仮眠室もあるし、最低限住ませることは出来ますよね」
本来交番は一つにつき何人か担当が付いて、その日の当番は翌朝の引き継ぎまで勤務に当たっていなければならない。その為に仮眠室があるのだ。
しかしこの堀川一条に関しては引き継げる人員がいない(ポンコツ桃子がたった一人で派遣されるのだから推して知るべし)ので、桃子は当直せずに定時上がりという特殊スタイルになっている(その代わり通常の交番勤務の一勤二休制と違い週休二日制)。それゆえ超久し振りに人(じゃない)を寝かせることになる仮眠ベッドであった。
まぁ本来若手なので警察官舎に入っていなければならない所を無理矢理実家通いにしている桃子に、細かい制度は関係無いに等しい。社会人なのに。
「今日からここが貴方の住まいですよ」
「おぉー」
「ぬ」は目をキラキラさせながら仮眠ベッドを見ている。
「こういうチープなのでも、こういう存在? には初めてなんですかね」
仮眠ベッドに腰掛けた桃子は、「ぬ」が箪笥の上を荒らしたりしないようしっかり膝の上に載せながらつばきに電話を掛ける。
『もしもし』
「もしもしつばきちゃん。紡さんどうしてますか?」
『どう、とは?』
桃子は頭をポリポリ掻く。その隙に逃れようとした「ぬ」を慌てて抱き寄せると、彼女は楽しそうにキャッキャと笑う。
「いやぁ、家を荒らしてしまったので……」
『あぁ、紡さんは書庫に籠ったっきりですねぇ』
「書庫?」
『文献調べてるんです。「どういう存在か分からないと対応も」、……「何処に帰したらいいかも分からない」と』
「そうですか」
『それで、桃子さんは今どうしていて、今後どうなさる予定で?』
「今は交番に戻りました。この子は仮眠室があるのでそこに匿おうかと」
『うーん、やっぱり妖精やら妖怪やらを知識が無い人の所に置いておくのは危ないです。私から戻れるように説得してみます』
「そうですか!」
つばきの意見だし筋も通っているし、その方向に纏まりそうだと桃子が胸を撫で下ろしていると、つばきは最後に少し冷たい声で釘を刺す。
『気を付けて下さいよね。人喰い妖怪の可能性だってあるんですから』
「ひえっ!」
通話は終了した。桃子が多少警戒の眼差しで膝の上の「ぬ」を見ると、少女もこっちを見上げる。澄んだ眼差しで。
「ぬ?」
瞬間、単純桃子は思い直した。
「こんな可愛い子が人なんか食べるもんですか! 第一お口が小さい!」
桃子がぎゅっと「ぬ」を抱き締めると、「ぬ」もキャッキャと桃子に抱き着き返す。
こうして桃子と「ぬ」の日々が始まった。
「あら桃子ちゃん、今日もパトロール?」
「青木のおばあちゃん! お元気ですか?」
「えぇお陰様で! ぬーちゃん今日も可愛いわねぇ〜。お菓子あげよっか」
「ありがとうおばあちゃん!」
「お礼言えて偉いわねぇよしよしよしよし!」
「えヘぇ〜、ぬー、褒められるの好きぃ」
「扱いが未就学児じゃないですか」
交番に住まわせたりパトロールに同行させたりしている内に「ぬ」はすっかり近所のアイドルになった。ただでさえ小さい子は人気が出るし、すっかり言葉を覚え元々人懐っこい性格をしているのも手伝っている。
一応詮索しぃなご老人方には「海外の友人が長期休暇で帰って来たので娘の相手してる」ということにしておいた。服装も帷子は悪目立ちするので赤いワンピースを買って与えた。
「さぁお食べ! 桃子特製チャーハン!」
「……」
「お食べ!」
毎食外食というわけにもいかず、桃子がご飯を作ってあげることもある。しかし毎度毎度、
「……」
「あ! 目を逸らした! イヤイヤ期ですか!? 食べないと大きくなれませんよ!」
「ぎゃあああああ!」
「まずい……」
「人間用の味付けは合わないんですかね?」
「人間は悍ましいものを食べる……」
「悍ましいなんて言葉覚えて! 紡さんの影響ですね!?」
もちろん桃子が作ったもの以外ならちゃんと食べる。たくさん食べる。しっかり食べる。
そして桃子が作った料理は桃子自身も食べられない。
「これが人間の娯楽の集大成、遊園地です!」
「集大成!」
「まぁ私は特別好きでもなかったりします」
「ぬ?」
「いいですか? ここは本来ファッキン恋人共がイチャイチャしたり、ファッキンイチャイチャの末に出来た愛の結晶をキャーキャー遊ばせて輝いているのを見て悦に入る為の施設であってですね……」
「ぬー?」
遠出もたくさんした。神社仏閣に行ったりゲームセンターに行ったり身体を動かしに公園に行ったり……。
「ぎゃあああああ!」
「きゃあああああ♡」
「ね、ね、もう一回乗ろ?」
「ジェットコースターが気に入ったんですね……」
しかし何よりは、
「おはよう桃子!」
「遊んで桃子!」
「パトロール連れてって桃子!」
「おやすみ桃子……」
「大好き桃子!」
毎日毎日賑やかに。妹のように自分を慕い、甘えてくる少女の存在そのものが桃子には幸せだった。
ちなみに紡邸で再度引き取る話は桃子から断った。
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