三.脱「ぬ」
妖怪や妖精の類となれば保護施設の病院なんかに預けるわけにもいかない。結局紡邸に置くことになり、桃子は大手を振って上司に報告しない権利を手に入れたのだった。
一応
「妖怪妖精にも親とかいう概念はあるんですかね?」
と紡に確認してみると、
「うーん、モノによる。繁殖行為を行うとされてるものもいれば『こうやって生み出される』みたいなプロセスがある奴もいる。まぁ、そもそもは全て人が様々な自然や恐怖に対して『呪』を……」
長くなったので「いるかも知れない」とだけ心に留めておいた。それだったら親が探しているかも知れないので届け出た方がいいのだが、変に親が迎えに来るまでの間妖なるものを病院やらに預けるリスクを考え、桃子は届け出ないことにした。彼女にしては冷静だった。本作における最初で最後の論理的思考かも知れない。
こうして桃子は「ぬ」を拾った挙句民間人に押し付けて、その上そのことを綺麗さっぱり忘れて勤務(交番で茶ぁ飲みながらラジオ聞く)に励んでいるのだった。
『行動力がすごい人っているじゃんか?』
『いるな』
『寝る前にふと「梅酒漬けよっかな〜」とか思ったら次の日にはホームセンター行く瞬発力タイプと、すっごい遠出とか途方も無いこともやりたいからやっちゃう……、なんて言うの? 根性タイプ?』
『まぁ、うん、根性かは置いといて、いるよな。そういう人』
『でも偶にさ、「人を巻き込まないと行動しないタイプ」っているよね』
『と言うのは』
『女子が集団でトイレ行くみたいに、何かとつけて「一緒にやろうよ〜一緒に行こうよ〜」っていうタイプ』
『あーあーあー』
すると不意に桃子の携帯に、つばきから着信が入った(何故か紡は連絡先を交換してくれない)。
「おや? もしもし?」
『もしもし桃子さん!? このっ、この子ですけどねっ! あっ、アーッ!』
ドサドサドサッ! という音と共に
「つばきちゃん? つばきちゃーん!?」
返事がしなくなった。ただ遠く薄く、キャッキャと「ぬ」の笑い声が聞こえる。あまりの事態に桃子は思わず立ち上がった。
「『ぬ』は不便だから何か名前を考えなければ!」
「おい」
力強く拳を握った桃子の足元に、いつの間にか一羽の鶏が出現していた。鶏は馴染みのある声にちょっと低くドスが掛かった音色を出す。
「馬鹿言ってないで早よ来いやボケェ」
『そのくせどうでもいいことばっか考えてる人っているよね』
桃子が急いで紡邸に向かうと、門の所で紡が仁王立ちをしている。
「ひっ!」
「よく来たね。いらっしゃい」
「わざわざ待ち受けてるなんて、愛の告白ではなさそうですね?」
「そうだよ。よく分かったな」
紡に半ばヘッドロックの体勢にされた桃子は、俯いた視界に映る情報から必死に話題を逸らしにかかる。
「もうめっきり涼しくなったのに、まだサンダルですか?」
「私は乗馬と気温が一桁以下になった時以外はサンダルだよ」
「山登りくらいは靴を履いた方がいいのでは……」
「それよりも、だよ。覚悟してもらおうか」
低レベルなはぐらかしは十秒保たなかった。
ちなみに桃子はフォーマルな場以外は常にスニーカーだしつばきは大体ブーツである(紡の趣味)。
桃子が紡邸リビングに入ると、
「なんと!?」
そこにはあちこち調度品の山が。そしてその調度品の山の一つから伸びる、白く
「つ、つばきちゃん!?」
大声出して手を握ると、山の中からくぐもった「あはー……」という声がする。
「だだだ大丈夫ですか!?」
「まさか人生で二度埋葬されるとは……」
「しっかりして下さい人生はもう終わってます。それよりどうしてこんなことに!」
つばきは桃子の腕の中で、震えながら手を握る。
「桃子さんが……連れて来たあの子、物干しとか箪笥とか、やたら高い所に登りたがって……。その度上の物を落とすのでこんなことに……。私はそれを下で受け止めている内に埋まって……」
「そんな、酷過ぎる!」
「幽霊じゃなければ即死だった……」
「気を確かに! 幽霊は死んでます!」
「かくっ」
つばきの首が、口から発せられた効果音と共に桃子の腕の中でしな垂れる。
「つばきちゃーーーーーーん!!!!」
「もういい?」
「楽しめました」
「あは」
「それよりそういうことで困ってるんだよね」
「でもそれ私の所為じゃないですし」
「オメーが連れて来たんだろうがよぉ!」
「あだだだだ幽霊じゃないから即死!」
紡が桃子に怪盗三世のジ◯リ映画で髭の相棒がモミアゲに二回掛けた内一回目の関節技をカマしていると、その絶叫に反応したのかさっきまで姿が見えなかった「ぬ」がひょこっと現れた。
「オカエリモモコ!」
「え?」
「オカエリモモコ!」
「えぇええ〜っ!? しゃっしゃっしゃべっ、喋ってるぅうあ〜〜〜〜っ!?」
桃子のリアクションに「ぬ」はキャッキャと笑っている。
「昨日は『ぬ』しか言えなかったのに、急に文章喋ってますよ!? て言うか喋れるのかよ!」
「あは。絵本読み聞かせたり一緒にテレビ見てたらぐんぐん覚えちゃって」
「親みたいなことしてますね」
「妖精妖怪、喋る奴喋らない奴いるけど、この子は喋る種族みたいだね。これである程度正体が絞れる」
「それはよかったですね」
「いいもんか。特定の料理名を当てるのに肉料理って分かっただけみたいなもんだよ」
「Oh……」
「まぁそこはこの際どうでもいいんだよ。さ、桃子ちゃん。この暴れん坊将軍を引き取ってもらおうか」
「え、えぇ〜っ!?」
明らかに手に負えなそうな顔をしている桃子の制服の袖を、「ぬ」は嬉しそうにクイクイ引っ張る。
「ヨロシクネモモコ!」
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