二.ぬ

 遅刻して先輩や上司にコッテリ絞られ、課長の近藤にも「戒告処分にならない程度にしてね」と缶コーヒーを渡された桃子。

その日も真面目に(桃子比)交番で職務(老人の話し相手)に励み、定時だ帰ろう愛しの我が家、の前に紡邸にでも寄ろうとアルファロメ夫をギィギィ飛ばしていると、


「おや?」


幼い少女がと電柱を見上げて立ちんぼしている。どれくらい幼いかと言うと、つばきより幼い。それだけなら別にいいのだが、桃子が妙に気に掛かったのはその子が現代には珍しい白い帷子を着ていること、何より手ぶらで何処に行く様子も何かの帰りの様子も無ければ近くに保護者もいないことである。桃子の脳裏にある情報がぎる。


『家に帰りたくない子供達がいます……』


虐待や家庭環境が荒れている、親がまともに面倒を見てくれない所為でフラフラ外を彷徨さまよっている子供達。この前A○ジャパンのCMでそんなことを言っていた、気がする!

これは保護案件では!? 桃子の今はすっかり珍しくなってしまった警察官ハートが輝きを取り戻す!


「もしもし、お嬢ちゃん。迷子ですか?」

「ぬ?」


少女は桃子の方を振り返った。無垢に煌めく瞳をしている。


「ぬ、って……。お父さんかお母さんは?」

「ぬぅ?」

「パパとかママ」

「ぬー?」

「……おうちは何処ですか?」

「ぬぬ?」

「……」

「ぬ?」


なんだか、何を聞いても要領を得ないどころか、何も通じていない気がする。しかしこのこそが、家に帰りたくないけど中々人には言えない子供達の心理の見え隠れなのかも知れない。

……尤も、そんなこと考えてなさそうな目をしているが。


「おうちに帰りたくないとかですか?」

「ぬん?」

「……」


やっぱり言葉が通じていないと思って良さそうだ。顔立ちは日本人に見えるが、なんらか日本語が通じないバックボーンがあるのだろう。最近来日した日系アメリカ人とか、脳の発達とか。

とにかくここまで話しても一向に親が現れる様子も無い。桃子は警察官として順当な判断をすることにした。


「保護しときますか……」

「ぬ?」

「あのですね、お姉さんお巡りさんですからね、迷子の保護って分かります? ちょっとついて来てもらいますね」

「ぬー!」


何故か最後のは通じたらしい。「ぬ」は元気良く返事をすると、桃子の後ろをトテトテ付いてくるのだった。






「何処が警察官として順当な判断だよ」


紅蜻蛉べにとんぼの浴衣に身を包んだ紡は腕を組んで立ち、テレビでN○K教育を見ている「ぬ」を眺めている。


「迷子の保護は順当でしょう」

「警察にはちゃんと保護施設があるでしょ。なんで警察関係者でもない個人宅に連れてくるんだよ」

「いやぁ〜、もう仕事上がりましたし報告とかメンドくさかったので。明日ちゃんとしますから取り敢えず今夜は、ね?」


現在桃子は「ぬ」を連れて紡邸に上がり込んでいる。画面では独特の可愛さがある埴輪の女の子キャラクターが独特の可愛さがある声で何か喋っている。


『やぁ、あっしだよ。埴輪ハオちゃんだよ。今日は子供向けヒーローショーを見に来たよ』

「なんで自宅にしないんだよ」

「両親に説明するのが面倒だったので」

「何故私の説得難易度が両親より下なのか……。それに私みたいな他人に預けるより両親の方が信頼出来るでしょ」

「確かに紡さんは怪しいしダメな大人で悪い大人ですし頭もおかしいですけど、つばきちゃんは信頼出来るので大丈夫です」

「死にたいらしいな」


紡の剣幕に、桃子はルンバと一緒にハタキで掃除をしている塩辛蜻蛉の浴衣のつばき(高い所は浮けば便利)を捕まえて盾にする。


「何をそんなカリカリしてるんですか。怒っちゃやーよ♡」

「よぉしつばきちゃん、自爆してそいつ木っ端微塵にしろ」

「あは。つばき百八の秘密技!」

「えぇぇ!? 自爆出来るんですか!?」

「え? 出来るわけないじゃないですか」


つばきはするりと桃子の腕の中から逃げ出した。


「でもそんなに嫌がることでもないでしょう。言わなきゃ誰も捕まったりしませんし」

「それでいいのか警察官……」


桃子はチラリとテレビに齧り付く「ぬ」の背中を見る。


「もしかして小さい子供は苦手とか?」

「特別得意でもないけど、そういうんじゃないよ」

「じゃあなんです」


紡は鼻から溜め息を抜くと腰に手を当てる。


「この子、人間じゃないね」

「なんとっ!?」


桃子は思わず「ぬ」を凝視する。背中しか見えないが特に変な点は無い。


「じゃ、じゃあなんですか!? つばきちゃんのお仲間ですか!?」


紡は顎に手を遣り少し考える。


「んー、幽霊、ではないな。人間や単純な霊にはない『妖気』を感じる」

「どう見ても人間なのに!?」

「見た目はなんだろうと関係無いね」

「じゃあ一体なんだってんですか!」


紡は少し考えると、


「うーん、所謂いわゆる……妖怪とか妖精の類なんじゃないかな」

「YO! SAY!?」

「夏はもう終わりましたよ」


つばきはなんてことないかのように掃除を続けるが、桃子は驚きを隠せない。


「そんなのいるんですか!?」

「神も幽霊もいるならいるさ」

「ほえ〜……」


紡は会話を切り上げるように台所へ向かう。


「だから私は子供嫌いでカリカリしてるというより、『面倒なモン連れて来やがって』ってゲンナリしてるんだよ」


そして晩御飯を摘み食いしようとしてつばきにハタキで叩かれていた。

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