一.陰陽道の本分
その日休日の桃子は紡邸に乗り込んでいた。
「紡さん! これ見て下さいよこれ!」
桃子はリビングのテーブルで煙草吸いながらノートパソコンのキーボードを叩く紡と画面の間に、一枚のチラシを滑り込ませる。
「邪魔だなぁ。私は今作業中なんだよ」
「自営業は年末忙しいんですよ」
『中華料理と中国料理は違う』と書かれたTシャツにライトブラウンのガウチョパンツの紡が紙を手で払う横を、胸に『前』背中に『後ろ』と書かれたTシャツに黒い膝丈ハーフパンツのつばきが通り過ぎる。手にはお茶が載ったお盆。
「どうぞ」
「ありがとうございます。で! 忙しいのは分かりましたから見て!」
「うるさいなぁ」
「息抜きも必要ですよ! っていうか作業じゃなくてマインスイーパーしてるじゃないですか!」
「うん。息抜きは間に合ってる」
「こっちを見ろぉ!」
桃子がテーブルに乗り上げる一歩手前にまでなったので、紡は観念してパソコンを閉じて向き直る。
「何さ」
「これこれ! 近所に新しいカフェがオープンしたんですよ! しかもスイーツが美味しいって評判!」
「へぇー」
チラシには湯気が立つコーヒーと鮮やかなパフェの写真が載っているが、紡はチラとも見もしない。これは相手にされないと悟った桃子はターゲットをつばきに移す。
「見て下さいよこのパフェ! 美味しそうでしょ!? ね? ね!?」
「へぇ、ちゃんと写真と実物で同じ高さの生クリーム盛るんですかね?」
「あらやだこの童女、夢が無い」
周りの反応が薄いので桃子はイジケ始めた。
「いいですよいいですよ。今度一人で行っちゃいますもんね。いっぱいお土産話しちゃいますもんね。後から羨ましがっても遅いですもんね」
「他に一緒に行く友達いないの?」
「がぁっ!!」
「あぁっ! 死んだっ! なんてこと言うんですか人でなし!」
こうして桃子はつばきの太腿の上で静かに息を引き取った。
──食と怪奇と陰陽師 完──
もちろん桃子は死んでいないし完結もしない。
つばきとテレビゲームで遊んでいると紡が大きく伸びをした。
「んんーっ!」
「作業済みましたか?」
「うん。差し当たっては」
紡は椅子から立ち上がると、身体のあちこちを伸ばしテレビ画面を覗き込む。
「それ一段落したら出掛ける?」
「出掛けるとは? どちらへ?」
「出掛けたがってたのは桃子ちゃんでしょ」
「それって!」
紡は屋敷の方へ身体を向けながら桃子にウインクした。
「さ、支度しな」
「……」
「どうしたのさ、そんなムスッとして」
「分かりませんか!?」
桃子が憮然としている理由、それは
「なんでカフェじゃなくてビアガーデンなんですか!? よりによってこの寒い日に!」
「暖房効いてるからいいでしょ。それに
「まだ明るいですからね!」
周りは数席
「つばきちゃんも何か言ってやって下さいよ!」
「そうですよ! 外じゃ私が飲めないでしょう!」
「ダメだこりゃぁ……」
「まぁカリカリしなさんな。そういうのはポテトだけでいい」
「誰の所為だと!」
そうは言いつつしっかり飲んでいる桃子の抗議を無視して紡はジョッキを呷る。
そのテーブルでは女性二人が何やら軽く騒いでいる。片方はアッシュゴールドでウェーブが強めのロングヘアー。こちらに背中が向いている。その対面、顔が見える位置にいるのは二十代くらいの、ダークブラウンなショートカットな女性だ。
ウェーブがショートの手を握る。
「ねぇ
「いいよ。そうだね、外だし……手相見せて」
「はぁーい」
どうやら占いで盛り上がっているようである。桃子は紡の方を振り返った。彼女の前には大量の枝豆の抜け殻があり、今は絶賛つばきと唐揚げの取り合いをしているところだった。
「ねぇ紡さん」
「なんだよこの忙しい時に」
「店員さんじゃないんですから。それはさて置き、紡さんって占いとか出来るんですか?」
「占いぃ?」
紡は桃子の言葉に意識を取られ、唐揚げ戦争はつばきの勝利に終わった。参加することすら出来なかった桃子よ。
その敗北を気にも留めず、気付くことも無く紡は桃子の方を見る。
「陰陽道と天文学の関わりは古く、中国から日本へ基礎体系的な思想が伝わり神道仏教道教と交わる前、つまり中国での基礎体系の時点で陰陽五行思想と深く合体している。この天文学即ち占星術であり、また平安時代の陰陽師の主な役割の一つが占いによる
「つまり?」
「出来るし得意だしめっちゃ当たるよ? 何? 占ってほしいの?」
紡がジトッと自分を見るので、桃子は必死に弁解する。
「いえ、そうではなくてですね? 向こうのテーブルが占いの話をしてたんで気になって! にしてもよく当たるんですか! 頼もしい占い師だなぁ! ははは!」
桃子の雑な弁解に、紡は意外と無表情で新しいジョッキを傾けた。
「私は占い師じゃなくて陰陽師だし、それに……」
彼女は空になったジョッキをテーブルに置く。相変わらず飲むのが速い。
「占いは当たり過ぎても良くない」
紡は渋い顔でポテトを口へ放り込んだ。
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