第二十三話 あなたと枕を並べて

序.

 朝六時、マンションの一室。目覚まし時計の音が響く。生田目夏介なばためなつすけは、この時点でもう違和感があった。

おかしい。目覚ましの音が違う。そもそも俺は朝の目覚ましを、時計じゃなくてスマホでセットしている……、寝惚けた頭が妙に回るほどの衝撃だったことにも驚きつつ、生田目はゆっくり目を開けた。


「……あ?」


知らない天井だ。なんだ? 俺は交通事故にでもあって病院に運び込まれたのか? 生田目は部屋を見回し、どうやらそうではないらしいことを理解する。

ベッドは青いボーダーのカバーだし床にカーペットが敷いてあったりタンスなどの家具もあったり。あちこちに趣味のフィギュアやプラモデルが飾られ、その辺に漫画が落ちている。明らかに病室ではない。

身体が健康らしいことは一安心だが、そうなると全く見覚えの無い部屋なのが恐ろしい。

取り敢えずベッドから出ようとして、ここも「俺はいつも布団で寝ていたはずだ」と違和感を感じる生田目は頭痛に襲われた。


「うっ……ぐっ……」


俺はどうしちまったんだ? 昨夜仕事帰りに深酒でもして、友人の家に厄介になったのか?


「んん……、お」


そこで生田目はまだ目覚ましを止めていないことに気付いた。逆によくもまぁこんなにうるさいものを、今まで無視出来たものである。彼が目覚ましに手を伸ばすと、ドアの向こうを誰かが歩いて来る音がする。


『ちょっと、いつまで目覚まし鳴らしてるのよ。うるさいからさっさと切りなさい』


「ん?」


なんだ今のは? 女性か? まさか友人の奥さんがこんな口の聞き方をして来るとは思えない。となると生田目は女性の友人か同僚の家に泊まったことになる。実家や妹の家にこんな部屋は無い。

だが待てよ、一人暮らしの女性の家にこんな部屋はあるまい。となると、今彼が泊まっているこの家には普段から男性が住んでいるわけで……。



なんてこった! ダブル不倫か!?



生田目は頭を抱えた。相手に夫か彼氏がいることは明白、彼自身も二十八ながら結婚三年目の妻、みおがいる。自他共に認める愛妻家の俺がなんてことを!? 生田目が目覚ましを止めるのも忘れ、両手で顔を覆うと、


『もう! 早く切りなさいったら! 入るわよ!』


部屋のドアが勢い良く開かれた。そこに立っていたのは、


「た、立岡たておか……?」

「何よ、昔の名字で呼んだりして」


大学時代、同じ学部でよくつるんでいた立岡あずさだった。パジャマの生田目に対して、彼女は既にセータージーパンその上にエプロンの、ばっちり決まった若奥様スタイルをしている。

しかも『昔の名字』、明らかに籍を入れている女性である。


「終わった……」

「何が終わったのよ。会社に遅刻したらそりゃ終わるでしょうけど。さっさと目覚まし止めて起きなさい!」


そう言いつつ梓は自分で目覚ましを止めて、カーテンと窓を開いた。冬の朝の冷たい空気が元気な挨拶をする。


「うわ寒っ!」

「これで目、覚めた?」


半ば強制的にシャッキリさせられた生田目は、その頭で状況を整理する。

何故俺は立岡の家に? 最近あった覚えはないし、そもそもあいつは確か大学卒業して京都に行ったはずだ。俺は東京で暮らしているし、そっちに出張した覚えも無い。いつの間に俺はこいつのところに転がり込んだ? 思い出そうにも全く思い出せない。


「なぁ、立岡……。俺はいつここに……」

「その立岡ってやめない? 大学時代だってすぐに呼ばなくなったじゃない」

「はぁ?」

「はぁ、って何よ」


梓は不満そうな顔をする。が、彼女の言っていることは明らかにおかしい。生田目は梓のことをずっと「立岡」と呼んできた。在学中も、卒業してからも。たまにタピオカと呼んで怒られたことはある。


「バカ言うなよ。俺は付き合ってもねぇ女を下の名前で呼んだりしねぇよ」

「はい?」


梓は腰を折って生田目の眼前まで自分の顔を近付けた。ガチ恋距離である。



「バカ言ってんのはそっちでしょ。じゃあ私は付き合ってもない男と結婚したって言うの? 嫌いよ、そういうジョーク」

「は?」



すると別の部屋から、


「おんぎゃあああああ!!」


威勢の良い赤ん坊の声がした。


「あーはいはい、今行くからねー!」


梓は急に甘い声を出すと、ドアを一歩出たところで生田目の方を振り返る。


「子供も生まれたんだからシャッキリしなさいよね、


彼は二度寝したい程の頭痛と眩暈に襲われたが、冬の寒気がそれを許さなかった。

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